1.二度と処刑はごめんです
王都の中央広場で私は冷たい処刑台の上に膝をついていた。神聖力を封じる枷で両手を拘束され、純白だった聖女の法衣は泥と血で汚れている。
「元聖女ユリアン・アルディオン。貴様を魔女として断罪し、その命をもって罪を償わせるものとする」
広場の石畳を埋め尽くすほどの群衆は誰もが憎悪の表情を浮かべていた。
「偽聖女を処刑しろ!」
「よくも俺たちを騙したな。この魔女め!」
民衆たちは口々に罵声を浴びせてくる。
つい半年前までは「聖女様」と慕ってくれていたというのに……。
だが、不思議と涙は出なかった。
必死に祈り続けたが、願いは叶わず泣き尽くしたから。
「ユリアン」
婚約者だった王太子アルフレッドが冷たい目で私を見下ろす。
王太子の隣には純白のドレスを身にまとった少女がいる。新たな聖女のソフィアだ。
ソフィアは私を見るなり、小さく肩を震わす。
「アルフレッド様……怖いです」
「安心しろ、ソフィア。君は本物の聖女なのだから」
王太子は彼女を優しく抱き寄せる。
その光景を見ても、もう胸は痛まなかった。
だって私は知っている。王太子の心は最初から私にはない。
国中に張り巡らされた結界の維持、定期的な浄化の儀式、遠征して魔物を討伐した時も、王太子から労いの言葉をかけられたことなど一度もないのだ。
それなのにソフィアが小さな傷を治しただけで、王太子は大げさに彼女を褒めた。
それでも私は彼がいつか振り向いてくれるのではないかと一生懸命に尽くしたが、無駄だった。
「最後に何か言い残すことはあるか?」
冷たい声で王太子が私に問うたので、静かに目を閉じる。
ありません。そう答えようとして、思わず笑ってしまった。
「ふふふ……」
「何がおかしい!?」
顔を赤くして怒る王太子を真っ直ぐに見つめる。
「貴方はきっと後悔します」
「負け惜しみか」
「ええ。そう思ってくださって構いません」
もう何を言っても誰も私を信じないだろう。だから最後くらい本音を言おう。
「私、結構頑張ったのですよ」
国のために一日祈りを捧げて、怪我人や病人を治して、飢えた人々に食糧を届けた。
魔物に襲われたと聞けば、どこであろうと駆けつけて討伐をした。
それこそ眠る時間を削ってでも……。
皆が幸せであれと頑張ってきた。
でも――。
「もう、疲れました」
私の小さな呟きは「執行せよ!」という王太子の叫びにかき消された。
どこまでも晴れ渡る青空が、人生の中で一番美しい景色だと思った。
こんな日に神の元に召されるのであれば、それも悪くはない。
来世があるのであれば――。
今度は誰かのためではなく、自分のために生きたい。
そんなささやかな願いを抱いた瞬間。
視界が真っ白に染まった。
◇◇◇
「――リアン様!」
誰かが私の肩を揺すっている。
「ユリアン様、起きてください!」
聞き覚えのある声に私は勢いよく目を開けた。
そこにいたのは、処刑される半年前に亡くなったはずの侍女のエルマだった。
「……え? エルマ?」
「早く支度をなさいませんと、聖女候補の判定式に間に合いませんよ」
……聖女候補の判定式?
まさかと思い、ベッドから飛び降り鏡に駆け寄ると、そこには二十歳の私ではなく、少女の頃の私の姿が映っていた。
聖女候補の判定式を受けた時といえば、十六歳だ。
震える指で頬をつねる。
「痛っ!」
夢ではない。処刑された日から四年前に戻ったのだ。
なるほど。
神様、私に人生をやり直せというのですか?
頭の中でこれから起こる未来を整理する。
聖女候補の判定式で神聖力が顕現した私は聖女となる。そして、王太子アルフレッドと婚約することになるのだ。
だが、そうなれば再び処刑されることになる。
それはぜひとも避けたい。
だとすれば……。
私は鏡に映る自分に向かって、にっこりと微笑む。
「今回は聖女にはなりません」
処刑されるくらいなら、聖女の地位など欲しくはない。
二度目の人生の歯車が静かに動き始めた。
本日はあと二話アップします。




