25.師匠は親戚でした
師匠の店で働くようになってから一週間が過ぎた。
早朝から起きて自分の薬草畑の様子を見て、転移魔法陣で師匠の店へ迎う。夕方まで師匠から薬草学を学びながら働く。夜は館に戻って、一日の出来事をダリアやエルマに話す。
そんな感じで私の生活はすっかり変わっていった。
「ユリアン。乾燥させた薬草を棚へ」
「はい」
店の中には乾燥させた薬草の香りが漂っている。独特な匂いを放つ薬草もあるが、私は好きだ。
「う~ん。いい香り」
「ユリアンの年頃だと、香水の香りのほうが好きなんじゃないか?」
「師匠、それは偏見です。それに私は香水の香りはあまり好きではありません」
前世では夜会などに参加することはあったが、会場中でいろいろな香水の匂いが混じって、鼻が麻痺しそうだった。中には頭から香水を被ったのではないかと思うほど、きつい匂いの方もいたのだ。
薬草は自然の香りがするので、心が和む。煎じると苦くなるものもあるが……。
「そうか。でもこちらの香りは好きだろう?」
白い箱を師匠が私の目の前に差し出す。箱からほんのりと甘い香りがした。
「もしかして『ラ・オーベリエ』のお菓子ですか?」
「おっ! よく分かったな。そのとおりだ」
スイーツの甘い香りはもちろん好きだ。
薬草を棚へ移動させる作業が終わった後、休憩をとることになった。
『ラ・オーベリエ』のお菓子をお茶請けにするので、今日は紅茶を淹れる。
ちなみにお菓子はフィナンシェだ。『ラ・オーベリエ』のお菓子に使われるバニラエッセンスは、店オリジナルのレシピで少し香りが違う。
「師匠は甘い物が好きなのですか?」
「好きだな。特に『ラ・オーベリエ』の菓子は上手い」
フィナンシェを美味しそうに食べているので、甘い物好きなのは伝わってくる。
(甘い物が好きなのであれば、今度お菓子をお土産に持ってこようかな?)
「こんなに美味いのに、ラインハルトのやつは甘い物が得意じゃないからな。子供の頃はよく食べていたのに」
「師匠はラインハルト様を子供の頃からご存知なのですか?」
「ああ。子供の頃はラインハルトとオリバーと三人でよく遊んだものだ」
師匠はラインハルト様とオリバー様より二歳年上だ。それくらいの年齢差であれば、遊ぶこともある。
詳しく聞いたことはないが、師匠が貴族出身なのは所作をみれば分かることだ。
「子供の頃のラインハルト様はどんな感じだったのですか?」
「ん? 気になるか?」
師匠がにやにやとしている。この顔は茶化す気満々だ。
「その……今は立派な皇帝でいらっしゃるので、子供の頃から聡明だったのかな? ……と思いまして」
「う~ん。賢いやつではあったが、悪ガキだったな」
突然応接室の扉がノックもなしで開く。
「誰が悪ガキだ?」
ラインハルト様が不機嫌な表情をして、応接室に入ってくる。
「ノックくらいしろ、ラインハルト。何しに来た?」
「何をしに来たとはご挨拶だな。薬草を買いに来たに決まっている」
「お前が薬草? 殺しても死にそうにないやつに必要か?」
二人の間に火花が散っている。ように見える。
「ラインハルト。お前はユリアンに会いたくて来ただけじゃないのか?」
(え? ラインハルト様が私に会いに来た?)
「ユリアンに薬草を調合してもらいたくて来たんだ。誤解されるような言い方をするな」
(そうよね。薬草の調合をお願いしに来ただけよね)
少し残念に思う自分にびっくりする。
「全く可愛げのないやつだな。子供の頃は『マックスにいしゃま』と私の後をついてきていたのにな」
「いつの話だ?」
ラインハルト様が師匠の後をついていった? 『にいしゃま』って呼び方可愛い! その頃を見てみたかった。
ん? マックス?
「あの……師匠の名前はラルフさんですよね?」
「ああ。ラルフはミドルネームだ。ファーストネームはマクシミリアンと言うんだ」
(なるほど。マックスはマクシミリアンの愛称だものね)
ラインハルト様が意外だという顔をしている。
「何だラルフ。まだユリアンにフルネームを教えていないのか?」
「聞かれていないからな」
そういえばフルネームは聞いていない。師匠と呼んでいるから、特に気にならなかったからだ。
「師匠は貴族ですよね?」
「一応はな」
家名を聞いても分からないが、ラインハルト様と親しい間柄のようなので、おそらくは公爵か侯爵家だろう。
「ラルフのフルネームはマクシミリアン・ラルフ・オーベルシュタインだ」
この国で唯一知っている家名だった!?
「えっ!? 師匠はオーベルシュタイン大公家のご子息なのですか?」
オーベルシュタイン大公家は祖母の生家だ。
「そうだ。ユリアンの祖母と私の祖父が兄妹なので、私たちははとこ同士ということになるな」
師匠はまさかの血縁者だった。




