23.彼女との距離が近づいた(SIDE:ラインハルト)
ユリアンから手紙が届いた日、ラインハルトは天にも昇る気持ちだった。
『皇帝陛下へ
突然の便りにて失礼いたします。
ラルフさんに弟子入りの件ですが、
お受けするよう返事をするつもりでおります。
ただ、ローゼンツから皇都の道のりは遠いので、
月に何度かの通いでと考えております。
その場合でも薬師への道は開けるものでしょうか?
本来であれば、ラルフさんにお伺いしたほうが
よろしいのでしょう。
無礼なのは承知しておりますが、
皇帝陛下に相談させていただきたく、
筆を取りました。
ご意見があれば、ぜひお願いいたします。
ユリアン・アルディオン』
少々手紙の文体は硬いが、ユリアンからの手紙は嬉しかった。
早速返事を書こうと、魔道具の羽根ペンを引き出しから取り出す。
「陛下どうかしたのですか? 先ほどから顔がにやけていますが」
オリバーが執務机の前に立っていたので、ラインハルトはユリアンの手紙を急いで引き出しにしまう。
「なるほど。ユリアン嬢からの手紙ですか」
「覗き見は感心しないぞ、オリバー」
「たまたま見えてしまっただけです」
それでもラインハルトが手紙の返事を書こうとすれば、席を外してくれた。実に気が利く侍従だ。
ただ、離席する間際にオリバーはにやりと笑いながら、こう言った。
「ユリアン嬢に魔道具をお渡ししたかいがありましたね」
こっそりとユリアンに魔道具を渡したのだが、オリバーにはバレていたらしい。
「どうして俺の周りには一言余計なやつが多いのだ?」
これから訪ねていかなければならない従兄弟の顔を思い浮かべ、ラインハルトはため息を吐いた。
◇◇◇
次の日の午前にラインハルトは忍びでラルフを訪ねた。
「これは皇帝陛下。ここのところ、よくいおいでになられますね。本日は何をお求めですか?」
わざわざ忍びで訪ねた理由をラルフは察しているはずだ。しかし、いつものようにからかってくるので、ラインハルトは口をへの字に曲げる。
「良い知らせを持ってきたのだが、茶化すつもりなら帰るぞ」
「冗談だよ。相変わらずお前は冗談が通じないな」
ラルフは『準備中』の札をかけると、店の奥にある書斎にラインハルトを招き入れる。
「良い知らせとは、ユリアン嬢が私への弟子入りを了承したということか?」
「ああ、そうだ」
「それは嬉しい知らせだな。それで転移魔法陣を設置しに来たのか?」
「そのとおりだ」
ラインハルトはユリアンからの手紙の内容を掻い摘んでラルフに話した。
「月に何度かの通いか。まあラインハルトが転移魔法を使えなかったら、それもありだったな。私がユリアン嬢の元に通ってもいいしな」
「それはダメだ」
「何故だ? ユリアン嬢が私の元に通うのと大差ないだろう?」
「お前がローゼンツの館に泊まる可能性もあるだろう。だからダメだ」
皇都とローゼンツ地方は馬を飛ばしても三、四時間はかかる。もしラルフの帰りが遅くなれば、当然ローゼンツの館に泊まることになるだろう。
「ローゼンツの館には使用人が何人もいるだろう? あ! もしかしてお前妬いているのか?」
ラルフはツンツンとラインハルトの頬をつつく。
「とにかく……ダメだ!」
「俺を差し置いて」という言葉は飲み込んだ。何せラインハルトは、まだローゼンツの館に泊まったことがないのだ。
「分かった。分かった。早く転移魔法陣を設置して帰れ。うちの店はまだ閉店の時間ではないんだ」
「あまりこの店で客を見かけたことはないが?」
「お前が知らないだけで一応繫盛はしているよ」
胡散臭い笑みを浮かべるラルフに「どうだかな」と呟いて、ラインハルトは転移魔法陣の設置に取りかかった。
◇◇◇
ユリアンの館に転移魔法陣を設置する日、ラインハルトは一人で行くつもりだった。だが、ラルフにねだられて連れて行く羽目になったのである。
「いやあ。空を飛ぶのは気持ちいいものだな」
「何故お前を背に乗せなければならんのだ」
竜の姿になった自分の背に乗っているラルフが楽しそうなので、ラインハルトは本気で振り落としてやろうと思ったほどだ。
「なかなか竜に乗る機会はないからな。それに一度大叔母上の館を見てみたい」
「お前が見たいのはユリアン嬢の薬草畑だろう?」
「そちらは転移魔法陣を設置すればいつでも見られる。今日は館だけ見てみたいんだ」
てっきりラルフは薬草畑だけ見たいのかと思っていたラインハルトは拍子抜けした。
「薬草バカのラルフにしては珍しいな」
「薬草バカとは何だ」
◇◇◇
ローゼンツ渓谷にある森からラインハルトとラルフは館まで歩いてきた。
「まだユリアン嬢に竜の姿を見せたことがないのか?」
「……ないな」
竜の姿の時に初めてユリアンに会って助けられたのだが、その話はラルフにはしていない。話すためにはユリアンが神聖力で自分を治療してくれたことを話さなければならない。
神聖力が使えることを隠しているであろうユリアンのことを、話したくはなかった。
「あのお嬢様であればお前が竜の姿になったとしても、怖がらず受け入れてくれるだろうよ」
「……そうだろうな」
ユリアンは竜の姿のラインハルトを怖がらなかった。きっと知ったとしても受け入れてくれる気はする。
◇◇◇
転移魔法陣を設置した後、ユリアンが淹れた茶を飲むのを楽しみにしていたラインハルトだが、ラルフに強引に連れていかれてしまった。
「ユリアンが淹れた茶を飲みたかったというのに、お前は!」
「へえ。いつの間にか彼女の名前を呼び捨てにしているんだな」
からかうラルフを無視して、ラインハルトは自分の手を見つめる。まだユリアンの感触が残っていた。
ラルフの店に二人で転移する際、ラインハルトはユリアンを懐に抱いた。彼女を守るためだったが、初めて触れたユリアンからはいい香りがした。おそらくはハーブの香りだろう。
名前で呼んでほしいと願うと、ユリアンは恥ずかしそうにラインハルトの名前を呼んでくれた。
そして自分の名前も呼び捨てで構わないと言ってくれたのだ。
互いに名前で呼び合うことで、ユリアンとの距離が近づいた気がした。
「明日からはすぐに会いに来られるな」
ぼそりと呟くラインハルトにラルフが「仕事をしろ」と毒づいた。




