22.皇帝陛下との距離が近いです
転移魔法陣を設置する部屋に皇帝陛下とラルフさんを案内する。
二階の一番奥の部屋。祖母の書斎だった部屋だ。
ここには祖母が集めた貴重な薬草の文献がたくさん残っている。ここに閉じこもる日もあるので、この部屋だけは私が管理しているのだ。
館の管理はダリアがしているので掃除などもしてくれているが、今後別の使用人を雇った場合を考えると、この書斎が最適だろうと考えたのだ。
「ここは?」
「祖母の書斎です」
ラルフさんは本棚に近づいてじっと見ている。本のタイトルを視線で追っているようだが、一冊の本に目が止まると、その本を棚から引き抜く。
「これは東の国の秘薬の本じゃないか! ずっと探していたんだよ」
「その本は興味深いですよ! 毒薬を良薬に変える方法などが書かれているのです」
「ほう。詳しく聞かせてくれないか?」
ラルフさんの目がきらりと光ると、研究者のものに変わる。
私は毒薬を良薬に変えるページをめくり、ラルフさんに説明した。
ひととおり説明し終えると、ラルフさんは満足そうに頷く。
「他にも興味深そうな内容がありそうだな。この本を借りても構わないだろうか?」
「いいですよ」
元宮廷薬師だったラルフさんと秘薬作りができるかもしれないので、私は快く了承した。
少し離れた場所にいた皇帝陛下がコホンと咳払いをする。
「薬草談義は後にしてくれないか?」
「はっ! 申し訳ございません!」
「少しくらいいいじゃないか? ねえ、お嬢様?」
同意を求めるようにラルフさんが私にウィンクをする。
「少しで終わらないだろう。お前たちは……」
皇帝陛下はため息を吐きながら、書斎の隅へ移動する。
「この辺りに転移魔法陣を設置しても良いだろうか?」
「はい。お願いします」
頷くと皇帝陛下は膝をつき、魔石を取り出すと床に置く。
魔石が淡く光ると、魔法陣が描き出される。
(無詠唱で魔法が使えるの? すごいわ! さすが竜の子孫ね)
魔法を使う時は何かしら詠唱をするが、皇帝陛下は詠唱なしでも魔法が使えるようだ。
「完成したぞ。ユリアン嬢、こちらへ」
「はい」
差し出された皇帝陛下の手を取ると、ぐいと引き寄せられる。
皇帝陛下の懐にすっぽり収まった形になったので、心臓が鼓動を早めていった。
「あ、あの……」
「ラルフの店には既に魔法陣を設置してある。今からあちらへ移動するが、万が一ということもある。俺にしっかり掴まっていてくれ」
金色の瞳が優しく私を見つめるので、頬に熱が集まっていくのを感じる。
(ち、近い!)
転移魔法陣が光り、目の前が真っ白になった次の瞬間、見慣れない場所が目に飛び込んできた。
「ここは……」
「ラルフの店にある書斎だ。成功だな」
床には館側に設置した物と同じ転移魔法陣が光っている。
周囲を見ると本棚にはぎっしりと本が収まっていて、薬草の瓶が置いてある棚もある。
「すごい! お祖母様の蔵書よりたくさんあるのですね!」
「全く君といいラルフといい、薬草のことになると周りが見えなくなるらしい」
そしてはっとする。まだ皇帝陛下の懐に抱かれる形のままだ。
急いで離れようとするが、皇帝陛下の力は弱まらない。
「あの……皇帝陛下。そろそろ離していただけないでしょうか?」
「ラインハルトと……」
「え?」
「ユリアン嬢にはそう呼んでほしい」
金色の瞳がまたもや優しく私を見つめる。
「……ラインハルト様」
「うん」
満足そうにラインハルト様が微笑むので、ドキドキしてしまう。
「それでは、あの……私のことはユリアンと呼び捨てで構いません」
皇帝を名前呼びにするのだ。せめて私のことは敬称なしにしてもらいたい。
「分かった。ユリアン」
囁くように私の名前を呼ぶラインハルト様の甘い声にドキドキが止まらない。
「ラインハルト様、あの……離していただけます?」
「いや。館側に転移できるかも確かめてみたい。このままで良いだろう」
(良くない! 私の心臓が持たない!)
あたふたとしているうちに再び魔法陣が光り、見慣れた祖母の書斎に戻ってきた。
「おや。おかえり。無事に転移できたようだね。ん? お嬢様の顔が赤いけれど大丈夫かな?」
両手を広げて迎えてくれたラルフさんだが、にやにやと笑っていた。
この状況を楽しんでいるように見える。
「だ! 大丈夫です」
ラインハルト様の腕の力が弱まった隙に急いで離れると、待機してくれていたエルマの後ろに隠れる。
「ユリアン様?」
そんな私を楽しそうに眺めていたラルフさんが、ひらひらと手を振る。
「じゃあ、お嬢様。明日から通えるかな?」
「は、はい。よろしくお願いします」
エルマの後ろから気持ち前に出ると、礼をする。
「では待っているよ。さあ、ラインハルト。帰ろうか?」
ラルフさんがラインハルト様の背中を押して転移魔法陣に入ると、再び淡く光る。
「待て、ラルフ! まだ、ユリアンの茶を飲んでいない!」
「これからはいつでも飲めるだろう?」
そんな会話の後、二人の姿は消えた。
「乗ってきた馬車はどうするのかしら?」
「馬車には乗ってこなかったようですよ」
では、二人はどうやって皇都からここまでやってきたのだろう?
エルマと二人で首を傾げるのだった。




