20.再びラルフの店へ(SIDE:ラインハルト)
ユリアンを宿に送り届けた後、ラインハルトはオリバーとともに再びラルフの店に向かう。
「これは皇帝陛下。何かお忘れ物でも?」
薄笑いを浮かべ迎えるラルフにラインハルトの背筋がぞくりとする。
「白々しいな。お前に敬語を使われると気持ち悪い」
「気持ち悪いとは何だ。皇帝に敬語を使うのは臣下として当たり前だろう?」
「……公式の場以外ではいつもどおりにしろ」
「分かったよ。従兄弟殿」
ラルフの本名はマクシミリアン・ラルフ・オーベルシュタインと言い、現オーベルシュタイン大公の弟にあたる。
ラインハルトの母とラルフの父が兄妹なので、彼らは従兄弟なのだ。皇帝と臣下という関係よりも従兄弟同士としての付き合いのほうが長い。二歳年上のラルフとは幼い頃から仲が良く、オリバーと三人でよく遊んだのだ。
「それでユリアン嬢を弟子にするというのは本気なのか?」
「わざわざ戻ってきたと思ったら、やはりその話か?」
「やはりとは?」
ラルフはにやりと意地悪そうな笑みを浮かべ、ラインハルトの頭を小突く。
「お前、彼女のことが好きだろう?」
「なっ!?」
言葉を詰まらせ赤くなるラインハルトに満足そうにラルフは頷く。
「分かりやすいな」
「違う! いや、違わないが。彼女はエリザベート殿の孫娘だ。気にするのは当たり前だろう」
違わないと言っている時点でユリアンのことが好きだと認めているようなものだが、ラインハルトは気づいていない。
「まあ、そういうことにしておこう」
「ラ~ル~フ~」
「怖い怖い」
降参というように手を上げるラルフだが、全く反省していないような笑顔である。
「それより、ユリアン嬢のことだ」
「弟子入りのことか? 本気だぞ」
「今まで弟子を取らなかったのに、どういう風の吹き回しだ?」
ラルフは薬草店を開きながらも、今まで弟子を取ることがなかった。一人で気ままに薬草を育て細々と売ることを望んでいたからだ。
「簡単に言うと、彼女が気に入ったからだな」
「何だと?」
ぎろりとラルフを睨むラインハルトの視線が恐ろしい。
「勘違いするな。女性としてではなく、人間的に気に入ったんだ」
ユリアンの祖母であるエリザベートはラルフにとって大叔母にあたる。とはいえ、ラルフはエリザベートに会ったことはない。
ラルフが子供の頃、オーベルシュタイン大公家ではエリザベートが植えた薬草がまだ残っていた。何となく薬草に興味を持ったラルフが薬師の道を選んだのは、エリザベートの影響もある。
ラインハルトがエリザベートの孫娘を連れてくると聞いた時は、貴族令嬢のお遊び程度くらいにしか考えていなかった。
だが、ユリアンは薬草の知識が深く、薬草や土の状態を注意深く観察していた。
「私が何年もかけて身につけた薬草栽培の知識を、少し見ただけで理解していた」
そんなユリアンでもまだ見たことがない薬草や知識があることにラルフは驚いた。
ラルフの説明を聞いていたユリアンの真剣な様子を思い出す。
「彼女と話しているうちに、私が持っている知識を全部教えてやりたいと思った」
「宮廷薬師にするつもりか?」
「それは彼女次第だな」
本気でユリアンが望むのであれば、ラルフは宮廷薬師への推薦をしてやるつもりでいる。
ラインハルトが面白くなさそうな顔をしているので、ラルフはまた意地悪をしてやりたい気持ちに駆られた。
「お前は彼女を皇后に迎えたいのか?」
「……」
からかうつもりでいたのだが、ラインハルトは沈黙している。図星かとラルフは苦笑しながら、ラインハルトの肩を叩く。
「ユリアン嬢が私に弟子入りしたいと言ったら、お前の力を借りることになるな」
「……本人が望むのであれば、構わない。だが、無理強いはするなよ」
「分かっている」
もしもユリアンがラインハルトのことを好きになったとしたら、本気で従兄弟に協力してやろうとラルフは思った。




