19.カフェに連れてきてもらいました
ラルフさんに弟子にならないかと誘われたが、その場で決めることはできず後日返事をすることにした。
馬車に乗りながら、今日得た知識を自分の頭の中で反芻する。宿に入ったら早速自分の手帳に書き込むつもりだ。
「ユリアン嬢、宿に行く前に茶でも飲まないか?」
「お茶ですか?」
「ああ。この先に皇都で有名なカフェがある」
皇帝陛下に言われて気づいたが、エルマが皇都のカフェに行ってみたいと話していたのを思い出す。
そのカフェのケーキが絶品らしいのだ。
実は私もエルマも甘い物に目がない。
皇都に行ったら、そのカフェに行こうと話していたのをすっかり忘れていた。
「ご令嬢方に人気がある店らしいが、行ってみないか?」
「ぜひ!」
エルマに同意を求めるように視線を向けると、嬉しそうに微笑む。
「ユリアン様は甘い物がお好きですからね」
「あら? エルマもでしょう?」
「はい」
クスクスと二人で笑っていると、なぜか皇帝陛下も楽しそうに笑った。
(皇帝陛下も甘い物がお好きなのかしら?)
皇帝陛下もそのカフェに行ってみたいけれど、殿方では入りにくいから誘ってくれたのかもしれない。
◇◇◇
皇都で有名なカフェ『ラ・オーベリエ』は、貴族街から少し離れた高台にあった。
白い壁に緑の蔦が絡まる落ち着いた雰囲気の建物だ。店の前には小さな庭があり、テラス席もある。
「可愛らしいお店ですね」
「気に入ったか?」
「はい」
扉を開けると、焼き菓子や紅茶のいい香りがふわりと漂ってくる。
「いらっしゃいませ」
店員は皇帝陛下を見ると驚いた顔をしたが、すぐに平静を装い、窓際の席に案内してくれた。
(たぶん皇帝陛下の顔をご存じなのね)
「何を頼む?」
「えっと……」
メニューを開くと、ケーキやタルトのイラストが目に入った。どれも美味しそうで目移りしてしまう。
「種類が多くて迷ってしまいます」
「では、店員におすすめを尋ねるとよい」
皇帝陛下が傍にいた店員を呼び寄せてくれたので、おすすめを尋ねることにする。
「こちらで一番人気のメニューは何ですか?」
「それでしたら、こちらの季節のフルーツタルトはいかがでしょうか?」
「季節のフルーツは何ですか?」
「マスカットです」
マスカットの他にもいくつかフルーツが載っているという。
「ではそれをお願いします」
「紅茶の茶葉はどれになさいますか?」
ケーキには紅茶がセットでついてくるというので、茶葉のメニューを見る。
「こ……ラインハルト様。おすすめの茶葉はありますか?」
「ヴェルーナ産の茶葉がおすすめだ」
「それではラインハルト様のおすすめでお願いします」
「承知した。ヴェルーナ産の茶葉で頼む。俺は紅茶のみで」
店員は「畏まりました」と頭を下げると、オリバー様とエルマが座る席へ向かった。
オリバー様とエルマも一緒にと誘ったのだが、なぜか二人とも遠慮して別の席へ行ってしまったのだ。
「ラインハルト様はケーキを頼まなくてよかったのですか?」
「ああ。俺は甘い物は苦手なのだ」
殿方は甘い物が得意という方はあまりいない。
ラインハルト様は甘い物が食べたくて、この店に誘ってくれたわけではなく、私に気を遣ってくれたのだろう。
窓の外には皇都の街並みが広がっている。本当に美しい街だ。
「ユリアン嬢、皇都はどうだ?」
最初に皇都へ入った時のことを思い出し、慎重に言葉を探す。
「あれは……俺もオリバーも悪かった。率直に言ってくれて構わない」
私が申し訳なさそうにしているのを感じたのだろう。皇帝陛下はすまなそうな顔で苦笑する。
「いいえ。あれは私も悪かったのです。もう少しこの国のことを勉強するべきでした」
前世での知識があったとはいえ、それは表面上のことだ。いずれこの国へ移住するつもりなのだから、もっとしっかり勉強をするべきだったと反省する。
「いや。俺の配慮が足りなかった」
「そんなことはございません」
「いや。……もうこの話はやめよう。押し問答になってしまいそうだ」
「……そうですね」
二人で顔を見合わせると、同時に吹き出してしまった。
穏やかな雰囲気になったので、私は思ったことを口に出してみる。
「ラルフさんの薬草店は素敵でした。珍しい薬草をたくさん見ることができましたし、いろいろと教えていただくことができました。皇都に連れてきていただき感謝しております」
「ラルフは随分と君を気に入っていたようだ」
薬草についてラルフさんと語るのは楽しかった。
「ユリアン嬢はラルフに弟子入りするのか?」
「正直迷っております」
最初は祖母の館で薬草を細々と作りながら、のんびり過ごすつもりでいた。だが、薬師になりたいという夢ができてしまった以上、もっと知識が必要だ。
「ライゼンシュタイン皇国では薬師になる道が二つある」
「え?」
「一つは薬師の試験を受けることだが、薬師に弟子入りして推薦してもらうという手もある」
薬師に弟子入りすることで実務を学び、推薦してもらうことで薬師の資格を得ることができるそうだ。
「薬師の補助とはいえ、実務を学ぶことができるからな。実務に勝るものはない」
成人するまでラルフさんの下で学び知識を得る。
本格的に考えてみる必要がありそうだ。




