18.薬師から勧誘されました
店の裏手は意外と奥行きがあって、思いがけない光景が広がっていた。
広い庭の一角に木製の柵で囲われた場所があり、様々な薬草が整然と植えられている。
小さな温室に水を引くための水路まであった。
「すごいわ」
私は今後の参考にしようと隅々まで見渡す。
「これは全部ラルフさんが管理されているのですか?」
「ええ。そうです」
「これだけの種類をお一人で管理されるのは、大変ではないですか?」
「皇宮の薬草園と比べれば、規模が小さいので楽なものです」
やはり宮廷薬師をしていた頃は、ラルフさんが皇宮の薬草園を管理していたらしい。
ここよりさらに規模が大きい皇宮の薬草園はどんなところだろうと、少しわくわくしてしまう。
「見て回ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
ラルフさんの薬草園を丹念に見ていると、あることに気がつく。
日当たりのいい場所や半日陰に薬草が植えられている。
しゃがみ込んで土質を確かめると、水分量が違うことが分かった。
「場所によって土の種類を変えているのですね」
「へえ。よく気づきましたね」
ラルフさんの笑みが消え、糸目が少しだけ開いた。
「薬草によって好む土質が違いますから」
「それでは、ウマノミツバの保水性を高めるのはなぜだと思いますか?」
「ウマノミツバは湿気の多い場所で育つ薬草だからです。乾燥すると葉が硬くなってしまい、効能が薄れます」
一拍置いてラルフさんが拍手をする。
「さすがですね。そのとおりです」
ウマノミツバは止血の効能がある薬草だ。ローゼンツ渓谷近くの森に自生している。
「実は幼い頃、祖母と一緒に採取したことがあるのです」
「子供の頃から薬草について学ばれていたのですね。どうりで詳しいはずだ」
ラルフさんは苦笑する。
「でも、ここにある薬草の大半はまだ名前も知らない物があります」
「それは意外ですね。私より詳しく知っていそうだと思ったのですが……」
「そんなことはありません。私もいつかこんな薬草園を作ってみたいと思っています」
「それは嬉しいですね」
それからラルフさんは私が知らない薬草の名前や効能などを詳しく説明してくれた。
とても有意義な時間だ。
◇◇◇
ひととおり薬草園を見回った後、ラルフさんが育てたハーブでお茶を入れてくれたので、ありがたくいただくことにした。
店内に置かれた丸テーブルに座ると、ラルフさんが湯気の立つカップを運んできてくれる。
カップを持ち鼻を近づけると、爽やかで優しい香りがする。そして、一口飲むとハーブの正体が分かった。
「レモンバームですか? 爽やかな味がして美味しいです」
「お嬢様はハーブにも詳しいようですね。皇帝陛下は私が丁寧に淹れたハーブティーを『青くさい』とか『酸っぱい』くらいしか言わないですからね」
意地悪そうな表情でラルフさんは皇帝陛下をちらりと見る。
「其方はいつも一言余計なのだ」
すました顔でハーブティーを飲んでいる皇帝陛下だが、頬が一瞬だけぴくっと動く。
皇帝陛下の後ろに控えているオリバー様は顔を伏せて肩を震わせていた。どうも笑いを堪えているように見える。
(いつも私が淹れたハーブティーを飲む時は『美味しい』と言ってくださるけれど?)
「ところでお嬢様。薬師を目指す気はありますか?」
真剣な眼差しでラルフさんに聞かれたので、私はカップを置く。
「成人になったら薬師になるつもりです」
故国のエルフェリア王国では薬師になるには、成人になったら試験を受けて合格すれば薬師になることができる。
私は成人になったら正式に祖母の館を受け継ぐことができる。故国で薬師の試験を受けて合格したら、この国に移住するつもりだ。
「それならば、私に弟子入りしませんか?」
「え?」
思いもかけないラルフさんの言葉に私は首を傾げてしまった。




