16.皇帝陛下と口論になりました?
皇都への道中は皇帝陛下とオリバー様が何かと話題をふってくれたので、退屈することはなかった。
「ユリアン嬢、まもなく皇都に到着する」
窓から前方を覗くと、真っ直ぐに伸びる街道の向こうに石造りの門が見える。門の左右には高い石壁が遥か彼方まで続いていた。
ライゼンシュタイン皇国の皇都は城塞都市で、外側から中心まで三区画に区切られている。一番外側が平民や商人の町、次に貴族街、一番中心が皇宮となっていた。
「ユリアン嬢が行きたいという薬草の店は、商人が店を構えている区画にある」
門を潜ると石畳で整備された道が縦横に伸びている。馬車は貴族街に近い商人の町に向かって走っていく。
平民が住んでいる区画を抜けていく間、窓の外を眺める。平民が住む家は石造りの建物に赤い屋根で統一されていた。
「道も建物もきれいに整備されているのですね。とても暮らしやすそうな町ですわ。皇都の民は幸せですね」
エルフェリア王国は平民の貧富の差が激しく、裏側の道には家を持たない貧民で溢れていた。だが、見る限り皇都にはそういった闇の部分がなさそうだ。
「区画整理する前はこの辺りには貧民が溢れておりました」
穏やかなオリバー様の顔に陰がさす。
「まあ。そうだったのですか?」
失言だっただろうかと思わず口を押さえる。
「オリバー、そのようなことはユリアン嬢に話さなくともよい」
皇帝陛下が牽制するような鋭い眼差しでオリバー様に視線を向ける。
「いいえ。皇……ラインハルト様、構いませんわ。故国でもそういった場所がございます」
「失礼だが……ユリアン嬢はそういった場所に足を向けたことがあるのだろうか?」
攻めるような口調ではないが、皇帝陛下の声音が少し厳しいように思う。
「ございます」
言ってからしまったと思った。
エルマが「え?」と驚いている。当たり前だ。今世では貧民街に行ったことはない。
しかし、前世で聖女だった頃は幾度も貧民街に足を運んだ。不衛生な貧民街から未知の病が発生したことがあり、神殿が焼き払おうとしたことがある。すんでのところで何とか止めて定期的に浄化をしていたのだ。
「そうなのか? そういった場所とは無縁なように思えたのだが……」
皇帝陛下が驚いた顔で私を見る。
普通、貴族令嬢が貧民街に足を踏み入れることはない。孤児院へ慰問することはあるが、大抵そういった場所は貴族がきれいに整えているものだ。
「私は……聖女を目指しておりました。聖女は万民に平等でなくてはなりません。そういった場所にも目を背けてはいけないと考えて、こっそり訪れたことがございます」
今世ではこっそりと行ったこともないが、貧民街の実態は知っているつもりだ。決して嘘ではない。
「残念ながら神聖力はなく、聖女候補にすらなれませんでしたが……」
私は座ったままではあるが、頭を下げる。
「私の失言で不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした」
せっかく皇都まで連れてきてくれたというのに、申し訳ない思いでいっぱいだ。
「頭をお上げください、ユリアン嬢。失言をしたのは私の方です。昔のことを持ち出した私が悪いのです」
オリバー様が慌てた様子で謝罪してきた。
「そうだな。元はと言えばオリバーのせいだ」
「陛下こそもう少し口調を優しくしてはいかがですか? あれではご令嬢方が萎縮してしまいます」
ああだこうだと言い合っている二人を見ているとおかしくなって、思わずふふと笑ってしまった。
「お二人は仲がよろしい主従ですのね」
信頼し合っていなければ、ここまであけすけに言い合える仲にはなれないだろう。
「こいつとは幼なじみでな。腐れ縁というやつだ」
皇帝陛下が指差すと、オリバー様は肘で陛下を小突く。
コホンと咳払いをすると、皇帝陛下は頭を下げる。
「……ユリアン嬢。少しキツい物言いをしてしまったようだ。すまない」
「皇帝陛下、どうか頭をお上げくださいませ。事情も知らずに失言をしてしまった私が悪いのです」
皇帝陛下が区画整理を行う前は、決して民たちは幸せだったというわけではないのだろう。
ここまで整備されるには紆余曲折があり、苦労したに違いない。
彼らにしてみれば、私は他国からやって来た世間知らずの貴族令嬢に過ぎないのだ。
「いや。俺こそ立ち入ったことを貴女に聞いてしまった。その……」
「聖女になれなかったことは気にしておりません。もしかして聖女になれなかったショックで、祖母の館に来たと思っておりましたか?」
「……」
皇帝陛下は沈黙しているが、肯定ということだろう。
聖女になれなかったというより、ならなかったが正解だ。だって聖女になったら、また処刑される未来が待っている。
「違いますよ。私は自分の人生を切り開きにやって来たのです」
そう。今度こそは自分の好きなように人生を生きるのだ。
皇帝陛下は目を見開いて私をじっと見つめている。
あまりに真摯な眼差しなので、気恥しくなって私は下を向いてしまった。
「……ユリアン嬢の望む人生とはどういったことなのだ?」
しばらくして皇帝陛下にそう問われたので、私は最近考えていたことを口に出してみる。
「つい先日のことですが、私の調合した薬草が役に立つ出来事がありました。その時から考えていたのですが、薬師を目指したいのです。そのために多くの薬草を見て実際に育ててみたい。いろいろな調合方法を研究したい。そう思っています」
皇帝陛下はじっと私の話を聞いていたが、うむと頷く。
「そうか。自分の未来をしっかりと考えているのだな。俺はそんなユリアン嬢の手助けをしたい」
「手助けですか?」
「ああ。今度皇宮の薬草園に招待しよう。珍しい外国の薬草も育てている」
外国の薬草!? すごく見てみたいけれど……。
「そんな……皇宮の薬草園などとは恐れ多いです」
「皇宮の図書室には薬草に関する本もたくさんある。そこにも招待しよう」
薬草に関する本!? それは魅力的だ!
「……考えさせていただけますか?」
「もちろんだ」
いたずらっ子のように皇帝陛下は笑った。何だかはめられた気分だ。




