15.皇都へ行きます
朝から薬草畑を眺めながら考え事をしていると、エルマが心配そうに覗き込んでくる。
「ユリアン様、難しい顔をしてどうなさったのですか?」
「新しい鎮痛薬を作るのに、薬草が足りないの」
祖母の手帳を開き、ローゼンツ村では手に入らない薬草の名前をじっと見つめる。
「それでしたら、皇都に薬草を扱う店がございます。そこは珍しい薬草をたくさん扱っておりますので、ユリアンお嬢様が探されている薬草があるかもしれません」
ダリアにローゼンツ村以外に薬草を扱っているところがないか聞いてみると、そう教えてくれた。
「では早速行ってみることにするわ」
支度を整えようとすると、ダリアに呼び止められる。
「お待ちくださいませ。ここから皇都へは馬車で半日ほどの道程です。薬草を購入するのでしたら、それこそ一日がかりですよ」
「そうなの? では皇都で泊まることになるわね。どこかいい宿はないかしら?」
日帰りとなると帰りは夜になってしまう。皇都に一泊すればゆっくり薬草を見ることができる。
「貴族専用の宿がございますので、それは問題ございません。ですが貴族令嬢が護衛も付けずに皇都を歩かれるのは危険です」
「皇都を歩く時は平民の服装にするから大丈夫よ」
ライゼンシュタイン皇国の皇都は比較的治安が良いと聞く。危険なところに行かなければ問題ないと思った。
「例え平民の服装をしたとしても、ユリアンお嬢様は目立つのです。必ず目をつけられて最悪拐かされてしまいます」
ダリアはため息を吐きながら、頭を押さえる。
「そうですね。ユリアン様はお美しいですし、そのお髪は間違いなく目立ちますね」
エルマも考えるように首を傾げる。
私は自分の髪を掬って眺める。銀髪はそれほどもないが、紫がかった銀髪は確かに珍しい。
「髪を染めれば問題ないと思うわ」
この間ハンスとともにローゼンツ村へ薬草の買い付けに行った時、ヘナという草を手に入れた。
このヘナという草は髪を染めることができるという。何かに役立つかと思って購入したのだ。
「承服しかねますが、せめてしっかり準備をしてからになさってくださいませ。宿の手配と護衛は私が何とかいたします」
ここはダリアに任せた方が良さそうだ。よく考えたら、私は皇都に行ったことがない。薬草の店の位置を調べたり、他にも購入したいものがある。下調べはしっかりした方が良さそうだ。
◇◇◇
いよいよ皇都へ出かける日、迎えに来た馬車から出てきた人物を見て、私は驚く。
「皇帝陛下!」
比較的目立たない馬車だったので、ダリアが手配してくれた馬車だと思ったのだ。
皇帝陛下は平民風の服装をしているが、漂う雰囲気がただ者ではない。
「ユリアン嬢。今日は俺と俺の従者が貴女の護衛を務めさせていただく」
(まさか皇帝陛下を護衛に雇ったの!?)
ダリアに視線を向けるが、穏やかに微笑んでいるだけだ。
……とりあえず事情は後で聞くことにしよう。
皇帝陛下の隣の青年が紳士の礼をとる。
「お初にお目にかかります。私は皇帝陛下の従者でオリバー・レーベンタールと申します」
茶色の髪と優しそうな緑の瞳をした穏やかそうな青年だ。年は皇帝陛下と同じくらいだろうか。
「ユリアン・アルディオンと申します。本日はよろしくお願いいたします」
エルマが後ろから一歩進み出て一礼する。
「私はユリアン様の侍女でエルマ・ブレンデルと申します。本日はよろしくお願いいたします」
エルマはアルディオン公爵家の遠縁にあたるブレンデル子爵家の次女だ。つまりれっきとした貴族令嬢なので、それなりの教育は受けている。
行儀見習いとして我が家に来ていたが、私がエルマに懐いていたこともあって専属侍女になってもらったのだ。
「それでは出かけるとしよう。ユリアン嬢、手を」
自然に皇帝陛下がエスコートをしてくれる。兄以外の男性にエスコートをしてもらうのは久しぶりだ。
正面に私とエルマが座り、皇帝陛下とオリバー様が向かい側に座った。
馬車が走り出したので、私は皇帝陛下に事情をさりげなく聞いてみることにした。
「あの……皇帝陛下」
「ラインハルトと……」
「え?」
「俺は今日貴女の護衛だ。名前で呼んでほしい」
確かに街中で皇帝陛下などと呼べば、正体がバレてしまう。今日だけは無礼を承知で名前で呼ばせていただくことにする。
「はい。ラインハルト様」
私が皇帝陛下を名前で呼ぶと、満面の笑みを浮かべるので、思わずドキドキしてしまう。
(元々素敵な方だけれど、笑うともっと素敵なのね)
「それで……あの……なぜ皇帝であるラインハルト様が私の護衛を?」
この国の皇帝に護衛させるなど恐れ多すぎる。ダリアは一体どんな経緯で皇帝陛下に護衛を依頼したのか?
「それは……成り行きだな」
「成り行きでございますか?」
なぜか照れくさそうにそう言う皇帝陛下の横でオリバー様が吹き出す。
「陛下が進んで貴女の護衛を買って出たのですよ。お気にされることはありません」
オリバー様の話を要約するとこんな感じだ。
ダリアはオーベルシュタイン大公家に護衛騎士を貸してもらえないか頼みに皇都にある大公家を訪ねていったそうだ。
そこでたまたまオーベルシュタイン大公家へ訪問していた皇帝陛下と鉢合わせ、私の護衛の話を聞いたらしい。
ダリアは恐縮して断わろうとしたのだが、皇帝陛下に押し切られたという流れだ。
「まあ! そんなことがあったのですか。大変申し訳ございません!」
「ユリアン嬢が謝られることはございませんよ。陛下が決められたことですから」
「ですが……」
皇帝ともなると執務が忙しいだろう。前世で聖女の仕事と妃教育を平行して受けていたので、王族の忙しさは分かる。
忙しい皇帝陛下に私の護衛をさせるなど、申し訳なさでいっぱいだ。
「オリバーの言うとおりだ。ユリアン嬢が気にすることではない。それに俺以上に皇都に詳しい者はおらぬからな」
そういえばと前世で聞いたことを思い出す。
ライゼンシュタイン皇国は前皇帝の治世で大規模な皇都の区画整理を行ったのだ。当時の皇太子が自ら指揮を執ったと……。
つまり目の前の現皇帝陛下だ。
(皇都の地図が頭に入っているということね)
「それは……頼りになります。私は自国でもあまり外に出たことがなかったので、実は楽しみにしていたのです」
「そうか。薬草の店だけではなく、他に欲しい物があれば案内するぞ。遠慮なく言ってくれ」
そうして皇帝陛下はまた嬉しそうに笑う。
本当に笑顔が素敵な方だ。
アルフレッド殿下がこんな感じの方だったら、あんな悲劇は起きなかったのだろうか?




