14.君は何者だ?(SIDE:ラインハルト)
ラインハルトは山積みになった書類に目を通していた。
淡々と書類を片付けていたが、ある報告書に目が止まる。
「オリバー、この報告書は?」
傍らにいる侍従のオリバーに報告書を見せると、彼はああと頷いた。
「ローゼンツ地方からの報告書ですね」
ローゼンツ地方は美しい景観で観光に訪れる者が多く、景勝地として指定されている土地だ。また、農作物の取れ高が国内一なので、観光の収入源と収穫量で国にとっては大切な領地だった。
このローゼンツ地方を管理しているのがオーベルシュタイン大公家だ。ただ、ローゼンツ渓谷の館のみは大公家の管理を外れている。
「元々良質な土壌ではありますが、今年は被害がなく収穫量が増加しているとのことです。それがどうかされましたか?」
作物の収穫量が増減するのは珍しいことではない。
しかし、今年は作物の病気による被害で各領地での収穫量が少ないと別で報告を受けていた。
「被害が少ないというかゼロなのではないかと思ってな」
「まさか……。たまたま他の地方より収穫量が多かったというだけで、被害ゼロということはないでしょう」
ライゼンシュタイン皇国で農作物の種や苗を扱っている組合は一つだ。毎年何かしら被害はあるが、今年の作物の病気は組合から卸した苗が原因だった。各領地で被害があったのに、数字を見る限りローゼンツ地方ではほぼ被害ゼロだ。
「……ローゼンツ地方か」
「何か気になる点でもございますか?」
「いや」
ラインハルトは報告書を未決裁の箱に入れる。
「視察の必要があると思っただけだ」
「視察ですか?」
オリバーが怪訝そうな表情をしているので、ラインハルトは眉を顰める。
「何か問題でもあるのか?」
「いえ。先日もローゼンツ渓谷へ視察に行かれていましたので……」
「あれは……視察のついでに親族へ挨拶に行っただけだ」
「そういうことにしておきましょう」
そうしてオリバーは書類を片付け始める。
「陛下」
「何だ?」
「ローゼンツ地方へ視察に行かれるのであれば、ユリアン嬢がいる館も近いですよ」
オリバーがにやにやしているので、ラインハルトは少し頬をぴくりとさせる。
「ならば、視察のついでに様子を見ておこう」
「ユリアン嬢のですか?」
「エリザベート殿の館をだ」
「……左様でございますか」
まだオリバーがにやにやしているので、本で彼の頭を小突いた。
「それでは、視察の日程調整をいたします」
小突かれた頭をさすりながらもオリバーがまだ口元にほんのわずかに笑みを浮かべているので、ラインハルトは心の中で舌打ちをした。
◇◇◇
視察は少人数で行くことをラインハルトが提案したので、目立たない馬車を用意して供はオリバーと護衛騎士二人だけとなった。
ラインハルトもオリバーも剣の腕が立つし、いざとなれば戦力になる。それにラインハルトは竜の姿になれるので、空へ逃げることもできるからだ。
馬車へはラインハルトとオリバーが乗り込む。
「ローゼンツ地方へ視察に行くのは久しぶりです。私がですが……」
後半の言葉は余計なので、ラインハルトはオリバーをじろりと睨む。
「お前は先日から……俺をからかっているのか?」
「とんでもございません。陛下にもようやく春が訪れたのかと思うと嬉しくて……」
「どういう意味だ?」
「さて? 陛下が一番よくご存じなのでは?」
憎まれ口を叩くオリバーから顔を背けるように、ラインハルトは窓の外を眺める。
皇都の街並みが遠ざかり、緑豊かな街道へ入っていくのを眺めながら、ラインハルトはふとユリアンのことを思い浮かべる。
あれから独自にユリアンのことを調べた。
自国の聖女候補の判定式で神聖力がないと判断されたユリアンは、まもなくしてローゼンツ渓谷の館にやってきたのである。
歴代の聖女を多く輩出した家系でありながら、「期待外れの聖女候補」と今もエルフェリア王国では彼女を揶揄しているらしい。
(だが、傷を負った俺を癒してくれたあの力は確かに神聖力だった。判定式からまもなく神聖力に目覚めたのか? それとも何か理由があって隠しているのか?)
いずれにしてもユリアンが自分から話してくれるまで、ラインハルトからその話題を持ち出すつもりはなかった。
「……元気にしているだろうか?」
思わず漏れた呟きにオリバーが顔を上げる。
「はい? 何か仰いましたか?」
「いや、何でもない」
ラインハルトは再び窓の外に目を向けた。
ローゼンツ地方まではまだしばらくかかるので、到着した後の予定を頭の中で組み立てていく。
まずは視察を行って、その後に少しだけあの館へ立ち寄る。
(それだけだ)
そう自分に言い聞かせながら、ラインハルトはローゼンツ渓谷へ続く道を眺めていた。
◇◇◇
ふと立ち寄ったローゼンツ村で興味深い話をラインハルトは聞いた。
「ミレーヌのとこの息子だけど、渓谷にある館に住んでいるお嬢様の薬を飲んだら、翌日には元気になったらしい」
「へえ。時々薬草を買い付けにくるハンスさんとこのお嬢様だろう? 腕の良い薬師なのかね?」
「隣国の貴族令嬢らしいけど、優しいお嬢様だってミレーヌが言っていたよ」
井戸端会議を立ち聞いただけだが、それがユリアンの話だとラインハルトはすぐに分かった。
「オリバー、今村人たちが話していたことを詳しく聞いておいてくれ」
馬車からハーネスを外し、馬に乗り込むラインハルトにオリバーは疑問を投げる。
「陛下はどこに行かれるのですか?」
「ユリアン嬢のところだ」
「は?」
ぽかんとするオリバーを尻目に、ラインハルトはユリアンの元へと馬を駆るのだった。
◇◇◇
ユリアンは先日のように丁寧にラインハルトを迎えてくれた。
ラインハルトはユリアンが育てている薬草畑が見たくなり、申し出ると彼女は快く畑の案内をしてくれる。
薬草の説明をしてくれるユリアンは生き生きとしており、とても楽しそうだった。
小鳥が羽を傷めて地面に落ちていた。
ユリアンは駆け寄り、小鳥の手当を始める。
羽に当てた薬草が一瞬だけ淡く光ったので、ラインハルトは目を見開く。
(あれは神聖力か?)
やはりユリアンは神聖力を使うことができるのだと確信した。
(君は一体、何者なんだ?)
疑念でも興味でもない。ただ純粋にユリアンのことをもっと知りたいと思った。




