13.再び皇帝が訪れてきました
祖母が遺してくれた薬草の調合が書き記された手帳を開いて、そっと撫でる。
「まだ見たことがない薬草がたくさんあるわ」
手帳には薬草の特徴や効能、どの薬草と調合すると良いか詳しく書き記されている。
ハンスに薬草の苗を買いつけに行ってもらっているが、自分の目で実際に見てみたい。今度一緒に連れて行ってもらうのもいいかもしれない。
◇◇◇
「ユリアン様、午後からはいつものように読書をされますか?」
「そうね。今日はミントティーを飲みながら読書をしたい気分なの。まずはミントを摘みに行くわ」
エルマを伴って薬草畑に行くと、馬のいななきが聞こえる。
「どなたかこちらにいらっしゃったのでしょうか?」
この館の先には人が住んでいるところはない。訪ねてくるとしたら、私だろう。
まもなく一人の青年が姿を現し、こちらへ向かってくる。
「皇帝陛下!?」
ライゼンシュタイン皇国の皇帝ラインハルトだった。
先日訪問してきた時にも思ったが、皇帝が供も連れずに単身こんな所にやってきて大丈夫なのだろうか? それとも離れた所に護衛がいるのだろうか?
皇帝陛下は私の姿を認めると、穏やかな笑顔を浮かべる。
「ユリアン嬢。またも突然の訪問で申し訳ない」
「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
作業用のワンピースのままではあるが、淑女の礼はしっかりとる。
「近くまで視察に来たので、その……ユリアン嬢の顔が見たくなってな」
「視察……でございますか?」
臣下に任せず、皇帝自らがこんな辺境の地へ視察に来るものだろうか?
いずれにしても、このまま挨拶だけしてさよならと言うわけにもいかない。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ中にお入りください」
「いや。薬草畑を少し見せてもらってもいいだろうか?」
「もちろんでございます」
畑に植えている薬草の説明をしながら、皇帝陛下を案内する。意外にも皇帝陛下は私の説明を熱心に聞いてくれた。
「これから乾燥する季節になりますので、風邪をひきやすくなります。ですから、風邪に効く薬草を多めに植えているのです」
「なるほど。薬草というと難しい印象があったのだが、こうして説明を聞くと身近なものなのだな」
「はい。幸いこの土地は薬草に適した土壌ですので、よく育ちます」
薬草やハーブ類は水はけがいい土壌が適しているのだが、ローゼンツ渓谷は自生できるほどの良い土壌だ。
祖母はそれが分かっていたから、この土地を選んだのかもしれない。
「陛下。このミントの香りを嗅いでみてください」
畑から摘んだミントを少し揉み、皇帝陛下に渡す。
皇帝陛下はミントを手に取ると、迷いなく匂いを嗅いだ。
「爽やかで良い香りがするな」
「薬としても使えますが、お茶にしても美味しいのですよ」
「そういえば、料理にも使われているな」
「はい」
料理にもハーブが使われていることを皇帝陛下が知っていたことに嬉しくなって、私はさらに続ける。
「遥か東の国では薬草を使って料理をするそうです。薬膳料理と言うものなのですが……」
薬膳料理は健康の維持や病気予防として作られるものらしい。いつかレシピを手に入れて作ってみたいと思っている。
不意に皇帝陛下が口元を緩める。
「ユリアン嬢は薬草の話になると、楽しそうだな」
「はっ! 申し訳ございません。つい夢中になってしまいました」
「何。謝る必要はない。好きなことを話している人の表情というのは美しいものだ」
思いがけない皇帝の言葉に頬が熱くなるのを感じる。
「あ、ありがとうございます」
気恥しくなり、ふいと視線を逸らすと、一羽の小鳥が地面でもがいているのが見える。
「まあ」
私は駆け寄りそっと小鳥を手に乗せる。羽を傷めてしまったようだ。
震える小鳥をなだめながら、近くにあったベニモコウを摘み、軽く揉んで羽に当てる。
ベニモコウは傷に効く薬草だ。
「早く元気になって飛べるようになりますように」
飛べるようになるまで小鳥は保護しようと、エルマが持っていた籠に横たえてやる。
小鳥は安心したようにピィと鳴くと、目を閉じた。




