12.薬師を目指そうと思います
ローゼンツ村までは歩くと三十分かかるというので、ハンスが馬車を出してくれた。
森を抜けると、丘の向こうに小さな村が見えてくる。
ミレーヌの家は村の外れにあり、小さな家ではあるが庭があり、手入れが行き届いていた。
家の中は質素ではあるが、隅々まで掃除がされており、ミレーヌが家族のために家を整えていることが分かる。
「息子は奥の部屋に寝かせています」
部屋に入ると、窓際に置かれたベッドに五歳くらいの男の子が苦しそうな息遣いで寝ていた。
額には濡れた布が当てられている。
「お嬢様、お願いします」
ミレーヌが祈るように手を組んで私に頼むので、頷く。
「息子さんのお名前は?」
「ルークです」
ベッドの脇に腰を下ろすと、ルークの小さな手をとる。
「ルーク。眠っているところをごめんなさい。少し容態を診させてね」
聖女の力は神聖力を使って治療するだけではない。
歴代の聖女も多岐にわたる能力を持っていたが、私はこの世に存在する生物の状態を見通す能力を持っていた。
もう一つ異質な能力を持っているのだが、この力は今世では使うことはないだろう。
なぜなら、この力を使ったおかげで前世では魔女として処刑されてしまったから……。
集中してルークの状態を探る。
喉が少し赤く腫れているが、肺には炎症は見られない。胃腸にも異常はなかった。
そして、一番心配だった新種の感染症でもないことにほっとする。
「安心してください。喉からくる風邪です。まだ少し腫れているので、熱が長引いているのでしょう」
私はミレーヌに微笑みかける。
「薬草を調合しますので、湯で溶いて飲ませてください。後はしっかり休ませれば良くなりますよ」
ミレーヌはその場に座り込んでしまった。安心して力が抜けてしまったのだろう。
「……良かった」
「『風邪は万病のもと』と言いますから、熱が三日以上続いたり、息が苦しそうだったらすぐに知らせてください」
風邪も感染症の一種なので油断はできない。
「分かりました。本当にありがとうございます、お嬢様」
厨房を借りて持ってきた薬草を調合していく。
喉の炎症を抑えるフタバソウに解熱効果のあるカザミグサ。発汗を促すニワトコリ、タイムにカモミールを乳鉢ですり潰していく。
調合したものを薬包に分けていき、一つずつ閉じていった。
最後に薬包を両手で包み込み、祈る。
(ルークが早く元気になりますように)
祖母がやっていたおまじないのようなものだ。
「薬包一包を白湯に溶かせて飲ませてください。一日三回で三日分作りました。三日経って改善しないようであれば、もう一度私のところに来てください」
ミレーヌは薬包を受け取ると、懐に抱きしめる。
「お水をたくさん飲ませて、汗をかいたら着替えを忘れずに」
「はい。ありがとうございます。それで……その……代金ですが……」
代金はいらないと伝えたが、ミレーヌは気にしているようだ。
私は静かに首を横に振る。
「気にしないでください」
「ですが、お嬢様」
「ではこうしましょう。ルークが元気になったら、一緒に館を訪ねてきてください。それが一番のお礼です」
にこりと微笑むとミレーヌの瞳から涙が零れ落ちた。
「……はい。必ず」
◇◇◇
三日後の午後、私は庭でカレンデュラの花を摘んでいた。
「この花も薬草としての効能があるのよね。肌荒れに効くのよ」
籠を持ってくれているエルマが感心したように頷く。
「ユリアン様は本当に薬草がお好きですね。まるで薬師のようですね」
「そうね……本気で薬師になろうかしら?」
兄は好きに生きていいと言っていた。ここに定住していいとも……。
成人したら、本格的にこの館を受け継ぐことになる。薬師になるのであれば、故国のエルフェリア王国ではなく、この国がいい。
将来のことを考えていると……。
「ユリアンお嬢様!」
振り返ると、ダリアがこちらに駆け寄ってくる。
「ダリア、どうしたの?」
「ローゼンツ村のミレーヌさんがお嬢様を訪ねてこられました」
「え?」
私は思わず表情を曇らせる。
「もしかして、ルークに何かあったのかしら?」
風邪が悪化してしまったとか? 肺炎を起こしたりとか?
私は胸が締めつけられる思いで急いでエントランスに向かう。
しかし、そこに待っていたのは三日前とはまるで違う様子のミレーヌだった。
ミレーヌの横には元気そうなルークがいる。
「おねえちゃんが僕を治してくれた人?」
ルークは私を見て笑顔を浮かべた。人懐こい笑顔で可愛らしい。
「もうお熱下がったよ!」
元気良く両手を広げる姿に私は嬉しくなり、微笑む。
「本当に?」
ルークの額に手を当てると、熱は平熱に戻っている。
頬は健康的な赤で染まっていた。
「いただいたお薬を飲ませた翌日には熱が下がって、今はこのとおりすっかり元気になりました」
ミレーヌは涙ぐみながら、頭を下げた。
「お嬢様のおかげです。本当にありがとうございました」
「ありがとう。おねえちゃん」
ルークもミレーヌの真似をして頭を下げる。
「ルークはすぐに元気になったんです。まるで奇跡のようでした」
「あのね。お薬を飲んだら体が楽になったの。おねえちゃんは女神様?」
私は苦笑しながらルークの頭を撫でる。
「女神様じゃないわ。私はユリアンよ」
「ユリアンおねえちゃん!」
ミレーヌは素敵なお礼をくれた。元気なルークの笑顔を見せてくれたのだから……。
「ミレーヌさん、奇跡ではありませんよ。ルークが頑張ったのとお母さんが一生懸命に看病したからです。それと薬草が力を貸してくれたのです」
「ねえ」と私はもう一度ルークの頭を撫でる。
ミレーヌは何度も「はい」と頷いた。
そして、ルークはミレーヌが持っている籠から花束を取り出して、私に差し出す。
「これ、おねえちゃんにあげる! 僕からのお礼だよ」
きっと野原で咲いている花を摘んできたのだろう。白や黄色やピンクの素朴で可憐な花束だった。
私はありがたく受け取る。本当に素敵なお礼だ。
「ありがとう。とてもきれいね」
ルークは照れくさそうに笑った。
「また、遊びにきてもいい?」
「もちろんよ。約束」
「うん!」
元気よく返事をするルークを見て、その場にいたエルマやダリアも自然と笑顔を浮かべていた。
注:作中に出てくる薬草の名前は造語です。ハーブ類は本当に存在します。




