11.この地を守りたいです
ローゼンツ渓谷は相変わらず穏やかに時が流れていた。
朝は薬草畑の手入れをして、温室で乾燥させた薬草を調合する。昼からは庭でハーブティーを飲みながら、本を読む。
前世では決して叶わなかった、静かな日常。
何気ない毎日がとても幸せだと思う。
「こんなにのんびりとした日々を過ごせるなんて、思ってもみなかったわ」
思わず零れた言葉に、エルマが嬉しそうに微笑む。
「こちらに来られてからのユリアン様はとても楽しそうで何よりです」
「ふふ。エルフェリア王国にいた頃はエルマには心配ばかりさせたわね。ごめんなさい」
「いいえ」
エルマは首を横に振る。
「ユリアン様が幸せであれば、私も嬉しいです」
祖母エリザベートが愛した館で自分のために過ごせる時間。
(この暮らしを大切にしたい)
◇◇◇
昼食を終えて午後から新しい調合を試みようと思った時、玄関の扉が響く。
「どなたでしょう? 応対してまいりますので、ユリアン様はこちらでお待ちくださいませ」
「ええ。お願い」
今日ダリアは用事があり、夕方まで帰ってこないので、代わりにエルマが応対してくれる。
しばらくして戻ってくると、エルマは心配そうな表情をしていた。
「麓のローゼンツ村から、ユリアン様にお会いしたいという方がいらっしゃっていますが……」
「まあ、何かしら? お通ししてくれる?」
「畏まりました」
エルマに案内されてきたのは三十代くらいの女性だ。質素ではあるが丁寧に手入れされた服を着ている。髪はしっかりまとめられていて清潔感があった。
整った顔立ちには不安そうな表情が浮かんでいる。目は一睡もしていないように赤く腫れていた。
「突然お伺いして申し訳ありません」
女性は深々と頭を下げる。
「私はローゼンツ村に住んでいるミレーヌと申します」
「立ち話も何ですから、どうぞおかけください」
椅子を勧めるが、ミレーヌはなかなか座ろうとはしない。
「お願いがございます!」
ミレーヌは地に膝をつき、頭を床につけるので、私は慌てて彼女に頭を上げるように促す。
「落ち着いてください。まずは何があったか話してください」
「実は……息子が一昨日から熱を出してしまいまして、なかなか下がらないのです!」
声は震えていて、今にも泣き出してしまいそうだった。
「家にあった熱冷ましの薬草を煎じて飲ませたのですが、どんどん熱は高くなるばかりで!」
とうとう堪えきれず、泣き出してしまったので、私はミレーヌの背をさすってやる。
「お医者様に診せたのですか?」
「いいえ」
涙を拭いながら、ミレーヌはふるふると首を横に振る。
「お医者様に診せるお金がございません」
医者に診察をしてもらうには高額な代金が必要なのだ。エルフェリア王国でもそうだったが、この国でもそれは同じのようだ。
前世で聖女だった私はそういう民たちを無償で治療していた。だが、そうした善意の行為は神殿の反感を買ってしまったのだ。選民意識が強い王太子アルフレッドにも……。
「こちらで庭師をしているハンスさんが時々村に薬草を買いつけに来ていますので、もしかしたら、薬師の方がいるのかとお訪ねしたのです」
なるほど。薬師であれば普通の熱冷ましの薬草より、より熱に有効な調合をすることができる。
ハンスが薬草を買いつけに来ているのを見て、この館に薬師がいるかもしれないと、藁にもすがる思いで訪ねてきたのだろう。
「私は薬師ではありませんが……薬草の調合はできます」
「本当ですか!?」
ミレーヌの表情がぱっと明るくなる。
「ええ。一つお願いがあるのですが……」
「だ、代金でしたら、何年かかっても必ずお支払いたします!」
「いえ。代金は必要ありません」
「え?」
不安そうにミレーヌが顔を青ざめさせるので、私は安心させるように微笑む。
「息子さんの容態を私に診せていただけませんか?」
「診て……いただけるのですか?」
ミレーヌは驚いたように目を見開く。
「はい。熱が出る原因は風邪だけではありません」
身体の中に炎症を起こしてるところがあれば、熱はなかなか下がらない。
「熱の原因が違えば、薬草の調合方法が変わってきます」
薬草の調合だけで熱が下がればいいが、最悪感染症だった場合は……。
(神聖力を使うしかない)
感染力の強い流行り病だとすれば、村中に広がってしまう。その前に浄化しなければならないのだ。
前世でそういったことを嫌というほど見てきた。数え切れないほど浄化してきた。間に合わず亡くなった人々もいた。
祖母が愛したこの地でそんなことは起こさせない!
必ず守るのだ。
例え神聖力が使えることを知られてしまったとしても……。




