8話 太陽は影を照らして
ーーー何が起こった!?
シャドウは驚愕していた。自分は確かに光祐の首を切り落とした。これまでの拮抗が嘘のようにあっさりと。
そう、シャドウは確実に光祐を殺したはず。ならば目の前にいるものはなんなのか。
ついさっき首を断ち、殺したはずの光祐は、目の前に膨大な魔力を放ちながら呆然と立っていた。その姿には意識を全く感じない。それでも当たりを熱で照らす光は、光祐の太陽の魔力そのものだ。
その魔力はこれまで体が崩壊しないよう抑えられていた。だが、今のそれはデメリット度外視どころか、命を捨てようとしてると言っても過言ではない魔力を放っていた。それはまるで、太陽そのもののように。
光祐に理性はほとんど残っていなかった。残っている理性は約一割程度だけ。
ーーー痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
残りの一割の理性はほとんどを痛みに占領されていた。
光祐は、シャドウに首を切られる直前太陽の魔力で防御しようとしていた。だが防御は間に合わず、首を切られた。
魔力の使用は蛇口に例えられる。防御しようとした光祐は、魔力の蛇口を開けたまま気絶してしまった。閉められることがなくなった蛇口は、ただひたすらに魔力を出し続ける。膨大な量の太陽の魔力が一気に流れ出したことで、魔力の蛇口は完全に壊れてあいまった。
無限に溢れ出す魔力は、光祐の身体中に流れ、圧倒的な強化を施した。シャドウの例えた通り、今の光祐はまさに太陽の化身とも言える力を纏っていた。
だがこの魔力に光祐の体は耐えることは出来なかった。デメリットのレベルを超越し、体はまさに煉獄の炎で細胞の一つ一つを余さず焼き尽くされるほどの痛みを感じている。あと数分経たないうちに現実の体にも大きな影響を及ぼし、死に至ることだろう。
シャドウは素早く距離を取る。あまりの光に生半可な影は簡単に消されてしまう。シャドウは魔力の出し惜しみを一切せず、影をさらに濃く、高密度で周りに纏わせる。次の策を考えようとした瞬間、目の前に立つ太陽の化身が姿を消す。
シャドウの反応は速く、防御影を展開しようとする。だが、太陽の化身はその守りをまるで意に介さずシャドウの顔面を殴りつける。
シャドウは死を確信した。この一撃はガードや回避は不可能、そして一撃でも喰らえば即死ーーー
するはずだったが、シャドウはかろうじて生きていた。
太陽の化身となった光祐に残る一割の理性の痛みによって、殴る瞬間力が抜けてしまったのだ。
痛みに体が震える。だが、その一割の理性は痛みと共に、ハッキリと理解していた。この機を逃せばもう勝てない。シャドウを倒すには今しかない。
そして光祐は、この力に残りの一割の理性を明け渡す。これにより、完全に理性を無くし、ただ目の前の敵を屠る太陽となった光祐はシャドウへ向き直る。
ーーーまずい。このままでは負ける!
己の負けを悟ったシャドウは勝利への細道を掴むべく己の脳をフル回転させる。
今のシャドウの防衛本能は圧倒的な死の予感に抗うべく、これまでにないほどの速度で思考する。
理性を完全に閉ざし、ただ辺りを燃やし尽くす太陽そのものとなった光祐は、さっきよりも速いスピードでシャドウとの距離を詰める。
その動きに紙一重でついていくシャドウ。太陽の攻撃にカウンターを仕掛けるも、シャドウが作れる最高密度の影の大鎌ですら刃が通ることはなく、当たる寸前で焼けて、灰になるように霧散する。
シャドウは己の最高密度を意図も容易く消し炭にされた事への驚きで一瞬身が膠着する。
その隙を突かれ、シャドウは脇腹に強い蹴りを受けて吹き飛ぶ。
ギリギリ防御出来たとはいえ、肺から空気を押し出され、それと一緒に口から血が吹き出す。正しく絶体絶命、この状況を打開すべく相手を観察する。そこで気づく。動きが鈍くなっているのだ。
それもそのはず。今は理性がないためなんとかなっているが、体は嘘をつかない。全身を焼く絶大な痛みに耐えられない体は動きをどんどん鈍らせる。
だがシャドウはこの動きの鈍りに付け入る隙があると考えた。
ーーー持久戦に持ち込めば勝機はある。
シャドウは回避に全ての神経を回し、次の攻撃に備える。
太陽はまたしても大きく前進する。地面がない精神世界が、まるで踏み込みによって抉られたような錯覚を覚える。だがシャドウは気圧されることなく回避の行動を行う。
理性のない狂戦士になっているにも関わらず、回避するシャドウにいち早く反応し、追撃を仕掛ける。
理性がない割に、追撃が速かった事に驚きつつも、シャドウの思考は決して止まらない。その追撃も避け、距離を取る。
回避に専念したシャドウに攻撃を当てるのはどんどん弱化していく光祐にはかなり難しい。だが、この狂戦士には些細な事だった。攻撃が当たらないのなら当たるまでひたすら攻撃するのみ。
ーーー動きが単純、これなら••••
この状況はまさにシャドウの手のひらの上。このまま弱化しながらただ殴るだけなら光祐に勝ち目はない。いずれ弱化しきって倒れることだろう。
あれから1分、攻防戦を繰り広げていると、光祐の動きはどんどん鈍くなり、回避が容易になっていく。
一方、光祐は攻撃を与えることは出来ず、あたりの光は次第に弱まっていく。
ーーーこのまま行けば勝てる!
シャドウの死の予感は次第に薄まっていく。勝機を見出したシャドウには油断こそないが心的余裕が生まれていた。
だが、その余裕がシャドウに致命的な隙を作った。
弱化していた光祐は、体のダメージを無視し、太陽の魔力で無理やり強化、莫大な加速を得た。
これまで理性無く暴れるだけだった光祐が、こんな行動をとることはないとたかを括っていたシャドウは、その加速に面食らった。
ここからの回避は不可能、防御以外の選択肢はない。
即座に防御をするシャドウ。だが光祐はスピードだけでなく、攻撃にも莫大な魔力を込めていた。
シャドウの防御は容易く貫かれ、遠くへ吹き飛ぶ。腕は粉砕され、その衝撃は内臓にまで響く。肺は潰され、呼吸困難に。血管は半分以上千切れ、血が回らなくなる。影で補強はしているが、それでもダメージは甚大、あと1分も持たないだろう。
だが、光祐も体のダメージを無視した強化により、攻撃に使った腕は砕け、血管は破裂し、肺と心臓が圧迫される。
互いに残りの時間は無い。次の一撃で全てが決まる。
現実 校長室
現実の光祐の体からは血が吹き出している。精神世界ほどでは無いが、このままではそのうち死に至るだろう。
「治癒魔術でも治らないか。治癒魔術では精神の傷は治らない。やはり私にできることは見守るだけか」
千歳は心配しつつも冷静に状況を見定める。
「光祐くんも満身創痍です。もし勝てたとしても、無事現実で目を覚ますでしょうか」
裁判長は後の事についての心配をする。
「分からないな。正直ダメージを受けすぎている。勝つことは出来ても現実でしっかり起きる保証はないと言わざるを得ない」
ーーー想像よりもシャドウが強かった。本気の光祐でもまるで歯が立たなかった。そして光祐のあの姿、流石に負荷がデカすぎる。
2人は冷静だが、心配そうな眼差しで光祐とシャドウの戦闘を眺めていた。
精神世界
互いに間合いはあと数歩、どちらが先に動くか、思考を巡らせる。
だが理性のない光祐は場の緊迫だけで動かなかった。だがそれも限界だ。光祐はシャドウへ走り出す。
シャドウもまた、光祐めがけて走り出す。
互いに間合いを詰める。相手に近づくまでの時間が満身創痍の2人には数分、数時間にも感じられる。
間合いがどんどん詰められる。
そして、2人の拳はーーー
「「うぁぁぁぁぁあああ!!」」
2人が絶叫する。
一瞬早く、光祐の拳がシャドウの顔を殴りつけた。
「•••••ごはっ、」
口から血が溢れ出す。最後の一撃でシャドウは地面に倒れ伏した。
ーーー負けたのか、俺は。
体が一切動かない。もうすぐ死ぬだろうと悟った。
シャドウは隣に倒れる光祐を見ようとする。だが顔が動かない。虚な瞳は光祐を見ることすら叶わない。
ーーー声も出ない。最後に“僕”に恨み言の一つでも吐きたかったんだがな•••••
意識が遠のく中、シャドウは無意識に動くはずのない腕を光祐へ伸ばしていた。
光祐は太陽の魔力による反動から、完全に気を失っている。ついさっきまで辺りを照らしていた光も消え失せ、精神世界は元通りの光も闇もない無の空間に戻っていた。
シャドウの手が光祐へ届く前にシャドウの意識は完全に失われる。力が抜けた手は光祐の手のすぐそばにぱたりと落ちた。
???
僕はどうなったんだ。何をしてたんだっけ•••••確か、シャドウと戦って、それで•••••
「なんて体たらくだ、俺に勝ったんだろ。勝つだけ勝って死ぬなど許さんぞ」
この声は、シャドウなのか、勝った?僕がか?
目の前に立つのはシャドウ、その前に倒れる僕。負けたのは僕ではないのか。
「お前は勝った。あんな制御も効かない力に負けたのは釈然としないがな」
制御が効かない力•••••そうか、僕は暴走していたのか、太陽の魔力に、飲まれていたのか。
「そう、お前は自分の魔力に負けたにも関わらず、この俺に勝った。全く納得できない」
は、はは、勝てたんだな僕は。でも、確かに今目の前に立っているのはシャドウだ。なぜシャドウが立っているんだ•••••
「そもそも、ここは戦場、精神世界ではない。精神世界のさらに深く、夢の中だ。夢の主が寝ているんだから倒れているのも不思議じゃないだろ」
夢?ああ、どうりで痛みも何も感じない訳だ。魔力暴走、そんなことしたなら僕の体はもう限界だろう。これは最後の走馬灯にも似たものなのか、と僕は納得する。
「違う。走馬灯ではない。お前は生き残るだろう。そして僕は、長年お前の中にいたシャドウの残滓のようなものだ。次期に消える」
走馬灯じゃない、僕は生き残るのか。
「そうだ。俺は最後に恨み言を言うつもりで出てきたんだが、この体たらくではその気も失せるな。•••••少し話をしようか」
シャドウは感傷に浸るように、こちらを見ながら話し出す。
「お前の魔力についてだが、あの力はお前が物心つく前からあった。放置していたらお前はとっくの昔に爆散していたことだろう」
じゃあ何故僕は生きている?
「お前の魔力が増えるたび、俺の影がそれを喰らっていたからだ。お前を助けるためではないぞ、あの魔力を純粋な魔力にしてから取り込めば俺の力にも出来る。そして爆散しないよう定期的に使っていた」
そうだったのか。僕が死んでいなかったのはお前のおかげなのか。
「感謝なんかするなよ。虫唾が走る。俺はあくまで自分のためにやった事だ」
そうか、そうだな。感謝するのはやめておこうか。
ーーーッ!?
とてつもない頭痛に顔をしかめる。ついさっきまで何にも感じていなかった体に、急に痛みが流れ込む。
「時間だな。これでお前は生き返る事だろう。そして俺は消える。まあせいぜい早死にしないようにするんだな」
なんだ、心配してくれるのか?優しいところもあるんだな。
「何を勘違いしている。お前のためじゃない。俺はーーー」
最後の言葉を聞き取ることは出来なかった。そしてそのまま意識は薄れていきーーー
「••••すけ、こ••••すけ!光祐!」
声が聞こえる。誰かが僕を呼んでいる。この声は••••
「ち、とせ?千歳なの?」
「そうだとも!目が覚めて良かった」
千歳は心配そうな面持ちでこちらの顔を覗き込んでいた。
「体に何か異常はないかい?」
「特には。あの、僕は本当に勝ったんですよね」
いまだに信じられなかったこと。戦闘を見ていた千歳に、今回の戦いの結末を詳しく聞いた。
「•••••と、言う訳だ。君は見事、勝利を勝ち取った」
千歳がいうことはさっきの夢でシャドウから聞いたことと同じだった。僕はシャドウに首を切られ、死ぬ寸前、魔力が暴走、意識がない中、死闘の末僕が勝利した。
「勝ち、か。」
「なんだか納得していないようだね。何か不満が?」
「不満というか、これを勝ちと言えるのかなって。確かに太陽の魔力は僕の力だ。でも結局は暴走した状態での勝利、これを僕の勝利と言う事は出来ないよ」
そう、勝ったのは僕の実力じゃない。僕の実力ではシャドウの本気には決して勝てなかっただろう。
「謙虚だね〜。威張ってもいいんだよ?僕の魔力は凄いんだって」
「無理ですよ。俺の魔力であっても」
「俺?」
ん?•••あ、今僕、俺って言った。なんでだろう、無意識でなんとなく出た言葉だった。
「ふむ、おそらく君がシャドウに勝ったからだろう。シャドウが君の記憶に干渉できたように、君が成長した事でシャドウの記憶に干渉できるようになり、急に入ってきたシャドウの記憶が混雑して一時的にあやふやになってるだけだろう」
なるほど納得。言われてみれば僕が知らない記憶がある。これは、夜の街か?僕が寝ている間、体を乗っ取られていた時の記憶か。
「ちなみに君が戦闘を終えてから、ざっと一週間が過ぎたよ」
「••••はい?一週間?もしかしてその間ずっと寝てた?」
「ああ。君は戦闘の疲労、ダメージから一週間寝たきりだった。その間に裁判が行われた」
僕がいない間に裁判まで終わっていたのか。被告人である僕がいないのにやっていいものなのだろうか。
「まあいいのさ。裁判と言っても君の無実を証明する証拠を見せただけだがね。ま、全員納得したさ。君の罪は晴れた。死刑は取り消され、ついに自由の身だ」
大体三週間、入学してからクラスに行かず、授業も受けず、ひたすら修行していた訳だ。今からだと友達も作りにくいだろうな。
「そんなに友達が欲しいか。ずっと言ってるよねそれ。まあ授業に方は大丈夫だよ。今は魔術大祭に向けて修行のシーズンだから、君の実力なら問題ない」
『魔術大祭』とは、入学して一ヶ月後に行われる祭りのことである。基本教師に力を借りず、生徒だけで修行する。まあ教師も少しは手伝うけれど。
「罪は晴れ、シャドウにも勝利した。やっと君も自分の学業に戻れる訳だ。今は昼頃だから、クラスに行くといい。まだ修行中だろう」
「千歳、本当にありがとう。あんたのおかげでここまで来れた」
「あぁ、こちらこそ。さ、行ってきたまえ!」
「はい!!」
久しぶりの校舎。目の前には教室の扉、この扉を開いて、ついに念願の学校ライフだ!
扉に手をかけ、開けるとーーー
「甘いッ!その体たらくで魔術大祭に勝てると思っているのかッ!!」
念願の学校ライフは謎の怒号から始まった。
ついに第二章「光影決戦」が終了です!
面白かったですか?(不安)まあ自分はそこそこ上手く書けてると思うけれど
さて!次は第3章に続きます。第3章はやっと学校生活の物語、『魔術大祭』です!
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