11話 不知火 火影
不知火火影という少女がいた。
その少女は魔術の名門、不知火家に生まれ、小さな頃から魔術を学んできた。
少女はとても熱心に魔術の特訓をしていた。魔術をできると、先生と兄に褒められるから。それが嬉しかったから。
私の兄は、将来は子に家を継ぎ、高位の魔術師になると期待されていた。私は、そんな魔術が上手で、それでいてとても優しい兄が大好きだった。
そんな兄の背中を追いかけて、私も魔術の特訓に励んでいた。
だがある日、私は耳にしてしまった。
不知火家は名門故に時々客人が来ることがある。
今日来た人が、帰る前に1人呟いていたのを聞いてしまった。
「やはり不知火家の長男は最高傑作だな。あれは近いうち魔術界のトップになるだろう。くらべて次女の方はなぁ、あれはダメだろうな。努力はしてるが才能がない」
ここで初めて、私は自分の努力に少しの疑念を抱いた。
私の努力は本当に正しいのか?と。
そこからはどんどん疑念が強まっていった。そしてある日、その疑念が確信へ変わってしまった。
それはたまたまだった。父に魔術の質問がしたく、部屋の前まで行くと、声が聞こえてきた。
「旦那様、火影お嬢様についてなのですが」
それは私の先生にして、不知火家のメイドである美和のものだった。
「あの方の努力は素晴らしいのですが、あまり伸びが良くなく、このままでは学校入学時はDクラスかと」
「やはりか、火影には魔術の才が乏しい。このまま修行させるのはやめた方がいいだろうか」
なぜ父様はそのようなことを言っているのだろう。私は瞬時に父の言葉を理解できずにいた。
「このままやらせてもあの子のためにはならないでしょうね。やっぱり魔術とは違う道を進ませるのがいいと思うわ」
次は母様が何か言っている。何を、魔術とは違う道?なぜそんなものを進まないといけないのだろうか。
最近はなるべく疑念から目を逸らしてきた。だが、大好きな両親からあんなことを言われ、幼い私は理解してしまった。
自身の才能の無さを。その時は気づかなかったが、この時私は怒りを覚えていた。
才能のなさ故に自身の好きなことをやめさせられる事に、自身の努力が無駄と言われた気がして。
「父様!母様!」
私は思わず部屋に飛び込んだ。
両親と美和はとても驚いた顔をしている。私は声をあげた。
「才能など関係ありません!私は魔術を諦めない、才能なんて努力で追い越して見せる!」
それだけ言って私は部屋を飛び出した。両親は何かを言っていた気がするが耳には入らない。
それからは朝昼晩ひたすら修行した。
そんな私に、兄はずっと付き合ってくれた。
兄は才能だなんだと言わず、本気で向き合ってくれる。やはり私は兄が好きだ。
だが、これも結局裏切られてしまった。
「もういいんじゃないかな?」
それは私が修行中、あまりの疲労に倒れた時、とても心配そうな顔をした兄からの言葉だ。
「お前はすごく努力している。それはすごいことだ。だが、倒れるほどの修行は逆効果だ。身につくことも身につかない」
「いいえ、私は、努力しなければ。才あるものに負けないために、私は出来る、やらなければいけないのです!」
「なにも魔術に固執する必要はない。世界は広いんだ。魔術以外にも、きっとお前が好きになれることはーーー」
「そんなものいりません!」
私は兄に怒鳴った。大好きだった兄にまで諦めろと言われ、私の気持ちは爆発した。
「兄様までそのようなことを言うのですか!才能がない、別の道だってある!だからなんですか!才能がないなら努力をする、別の道があっても私は魔術の道を進みたい!」
「だが、」
「だがじゃありません!私は、もう何もいらない。才能も、先生も、親も、兄も!私は私だけで、強くなる!」
それ以降、兄の力は一切借りず、たった1人で修行をし、学校へ入った。
* * *
僕は今、保健室の前にいた。
決闘の後、倒れた火影は保健室へ運ばれた。
保健室の先生、未治曰く、命に別状はないし、魔術大祭にも出てるらしい。重度の疲労とストレスによる風邪とのことだ。
それを聞いた僕は、一度クラスへ戻り、他のクラスメイトにこのことを話した。
それに安心した全員は、食堂へ向かった。約3週間、栄養スティックだけの生活から解放されたことで、脱兎の如く教室を飛び出していった。
それを見届けた僕は、また保健室へ向かった。火影が心配だった。
保健室のドアを開けようとすると、ドアの向こうからすすり泣く声が聞こえた。
一瞬迷ったが、ドアを開けた。
そこにはベッドの上で泣く火影の姿があった。
「•••へ?あ、あなたは、なんでここに?」
涙で腫れた目と、上擦った声は、あまりに痛々しかった。
「いや、あんたのことが気になってさ。大丈夫かなって」
「私はなんともありませんよ」
「でも泣いてたじゃん」
「•••••」
あ、今のはデリカシーがなかった。僕は心中で反省した。
「なんで泣いてたかは知らないけど、倒れた事が理由ならそんなに競うことないと思うぞ」
「何故です?倒れると言うことは自身の管理が行き届いていない証拠。つまり弱さの証明です」
「なんでそうなるんだ?少なくとも僕はそうは思わない。だって、お前が倒れたのはそれだけ修行をし、努力してきたってことだ。流石にお前はやりすぎだと思うけど」
てか倒れるほどの努力はお前じゃなくてもやりすぎだけどな。
「決闘中、なんでお前が怒ってたのかは知らないけど、お前の魔術は正直すごいと思うぞ。しかも近接戦も出来るんだもんな」
「あのぐらい、兄様ならもっとすごい魔術を使える•••」
「そんなにすごいの?その兄様って」
「はい。とてもすごい方です。そして越えなくてはいけない存在。越えるために、私は強くならなければ」
越えなくては、か。その声にはどことなく怒りや悲しみといった感情が見え隠れしていた。
「お前にも色々事情があるんだろう。でもさ、頑張りすぎは良くないぞ」
「説教ですか?不要です。私はこれまでも乗り越えてきた。これからも、きっと」
「でも、今回みたく大切な時に限って限界ってのは来るもんだ。もしそうなったらやるせないだろ?」
「•••••でも、痛みや疲れは弱さの証、弱ささえなければそのようなことも起きない!」
「だから、それは弱さとは言わないんだよ!とにかく今のお前には休息が必要なんだ!いっとくがな、多分今のお前は全力の5割ぐらいしか出せないぞ。このまま修行してても、お前は弱体化していくだけだ」
「!?もういい、退け!お前の言葉など聞くだけ無駄だ!」
口調まで変わった。本当に頑固なやつだな。
僕もだんだんイラついてきた。いっても聞かない。もうこうなったら•••。
「わかった、お前に決闘を申し込む!俺が勝ったら2週間しっかり休め!俺が負けたら、ああ、修行でもなんでもしろ」
「•••••いいでしょう、私は二度も負けない、その誓いを忘れないことです。私に負けたら、もうあのようなことは言わせない!」
そして僕らは庭に出た。
「ルールは先に三本とった方の勝ち、いいな」
「いいでしょう」
「よし、じゃあ、行くぞ!」
僕は地面を蹴って距離を詰める。
火影は、杖を構えて魔術を撃とうとする。だがその瞬間、腕が痛み、杖を落としてしまう。
その隙をつき、僕は彼女の首に刃を向ける。
「まず一本。次、二本目だ」
距離を取り、仕切り直す。
もう一度地面を蹴る。今度は太陽の魔力を纏い、格闘戦を仕掛ける。
火影も拳を構え、カウンターをしようとするが、またも、痛みから腕の動きが止まる。
僕の拳は顔面の前で止まる。その勢いに圧倒され、後ずさる。
「二本目。最後、三本目だ」
今度は剣を二本、両手に作り、構える。
さらに魔力を纏い、接近する。
火影は杖を拾おうと、しゃがみ込むが間に合わない。近づく僕に向けられたのは、怯えた顔だった。
「三本目、俺の勝ちだ」
「あーーー」
「さっきは5割っていったが、今のお前は1割も出せてないな。それが今のお前だ」
我ながらなかなか冷たい声だったと思う。だがこいつはこれだけ言わないといけないんだ。そうじゃないと、自分の状況を理科できないし、しようとしない。
「おいお前ら!一体何やってるんだ!」
保健室の方から未治先生が駆け寄ってくる。
「君、いったい怪我人にに何をやっている!彼女は休まないといけないんだ。なのに剣を向けるなんて」
「これは必要なことだったんです。そうでもしないと、彼女は何にも気付けない」
それだけ言って、僕はその場を去っていく。
「なんだったんだ?いやそれより、大丈夫かい!?全く、君は休まないとダメなんだ」
「•••••••••••••わかり、ました。休みます」
ああ、負けてしまった。気づいてしまった。今の私は本当に、弱いらしい。
なんてことだ。私は、これまでの修行は、なんだったんだ。
なんだろう、この気持ちは。これまでの怒りとは違う。この感情は、
「悔しいなぁ」
そう、悔しいんだ。あいつに負けたのが、手も足も出なかったのが。
「許さない。からなず、必ず強くなってあいつに勝つ」
そのために、今は休もう。決闘での条件を破っては、恥を重ねてしまう。
そうして私は保健室へ戻る。次は勝つ。そう、心に誓って。
自分の修行を肯定するため、決闘の申し出に応えた火影。
だが、その決闘は惨敗に終わる。
そこで火影は初めて怒りでなく悔しみを覚える。そして誓った。
次は勝つ、と。
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