↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガレオン勇者伝説  作者: 源


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/5

第四話

前回のあらすじ

オーガキングへの対抗策のため、魔法の修練を始めたエクス。その才能は見事開花し、雷の魔法を会得することに成功する。

その後フィオナは、新たな力を手に入れたエクスを前に「あなたがいれば勝てるかも」とオーガへの反攻を決心。キングが住み着いた屋敷へと足を運んだ。


誤字脱字等、ご容赦ください。

「ボス!一体何の騒ぎで……。あっ!なんだてめえらは⁉」


 エクスたちが戦いを繰り広げている最中、外で見張りに立っていたオーガキングの配下がようやく屋敷の中の異変に気付いた。緑色の肌は朱が差しており、視線ははっきりとしていない。……どうやら、見張りの仕事をさぼって酒盛りに興じていたようだ。エクスたちがいる部屋に配下が入ってきた途端、酒らしい匂いが漂い始めたのもいい証拠だ。


「俺たちを殺しに来た勇敢な人間どもらしい。面白いよな。……お前、絶対に手を出すなよ」


 オーガキングは駆け付けた見張りにただ見ているよう釘を刺す。だが、復讐に燃えていたフィオナがキングの言葉を台無しにしてしまった。


「オーガは全員……許さない!『烈風刃』!」


「なっ、いきなりかよこの女!」


 フィオナの手から放たれた風の刃をキングの配下はギリギリのところで躱す。奴は彼女を睨みつけて悪態をつくが、フィオナは聞く耳を持たずにさらに攻撃を仕掛ける。


「何が『いきなり』よ!あんたらだっていきなりこの街を襲ったくせに!自分がやられたらいやだっての⁉そんなわがままが通るわけないでしょ!」


 いきなりという言葉が癪に障ったのか、フィオナはさらに感情を高ぶらせる。それと呼応するように彼女の魔力も高まり続け、いつの間にか彼女の身体を覆うように風が渦を巻いていた。


「生きてることすら後悔させてやる。父を、母を、兄弟を。そして、街の人。あんたらの手によって殺された人たちの恨みを晴らすために!」


 逆巻く風の渦の隙間に見えたフィオナの顔には涙が流れていた。一晩にして家族や友人、日々の生活を失った彼女が、今その悔しさを思い出して涙しているのだ。「怒りに冷静さを失うのは良くない」と彼女をなだめようとしたエクスだったが、それを諦めてオーガキングの方へと向き直った。キングは拳を構えたまま、エクスに話しかける。


「……お前は、俺たちに恨みがあるワケじゃないんだろう?なんでその女の肩を持つ?同じ人間だからか?」


「俺は世界の平和のため、魔王を倒す。それを目標にしている男が、目の前で起きている惨事を見逃すわけにはいかない」


「……『世界の平和』か。随分と利己的だな。魔王を殺し、魔物と呼ばれるものを追い出すことが平和などと、人間の主観で物事を語られてもな。……何だ、人間として生まれられなかったオーガには、平和に生きる権利はないとでもいうつもりか?」


「……お前に平和を享受する権利はない。話し合いを放棄し、真っ先に暴力に訴えて沢山の人間を殺した。……お前が真っ先に平和を投げ捨てたんだ。そんなお前が今さら平和に暮らしたいなんて、あまりにも都合がよすぎる」


 エクスははっきりと言い返した。魔物相手に動揺を見せる訳にはいかないし、そもそもこの程度の魔物が相手ならば動揺する必要もない。ただ少し、「頭が悪いと聞いていた割にはそれらしいことをしゃべるんだな」と感心していた。ただ、キングはエクスの言葉に腹を立てたのか大きく息を吐いていた。


「……やめにしよう。俺とお前は相いれない。決してな。……魔物と人間、分かり合えるはずもない、か」


「ああ。俺もお前とは分かり合う気もない。一刻も早くお前を倒して、この街に住んでいる人たちの平和と日常を取り戻す」


 一度キングの中に収められた闘気は、エクスからの言葉を受けた結果か先ほどよりも強く燃え盛っていた。もう一寸も話し合いの余地はない。ただ、それはエクスにとっては好都合であった。もしこの対話でキングが改心してしまうようなことがあれば、街の人はどう思うか。今も隣でオーガの身体に傷を刻み続けているフィオナは、なんというだろうか。「彼らは反省しているのだから、家族を殺した恨みは忘れよう」などと、彼らの顔を見て言えるはずがない。だからこそ、エクスはキングの物言いにどこか安心もしていた。「こいつは殺すのに躊躇しなくていい」と。


「『迅雷突』!」


「来い!」


 閃光をまとって一気に突進するエクス。キングは両腕を顔の前に構え、固く身を守っている。エクスは躊躇うことなくぶつかった。雷がはじけ、部屋が明るく照らされる。キングはわずかに体を揺らしたものの体勢を崩すことはなかった。奴は「今度はこっちの番」と言わんばかりに構えを解き、エクスの左足首をつかみ取る。そのまま一周大きく振り回し、エクスを壁へと叩きつけた。


「グッ!」


 壁は一撃で砕け、エクスは破片と共に廊下に放り出される。勢いそのまま床を転がり埃に塗れていくが、彼はすぐさま立ち上がり剣を構えなおす。


「……存外に頑丈だな。人間はもっと簡単に壊せると思っていたのだが」


「こんなところで、負けていられないんだ……。俺は、魔王を倒す。そのために旅に出たんだ。もう、父さんに危ない仕事をさせたくない、母さんに無駄な心配をさせたくない……!こんなところで、膝をつくわけにはいかない!」


 エクスの言葉に呼応するように、彼の身体に眠る魔力がより激しく燃え上がっていく。それは迸る雷となり、彼の身体を包み込み始めた。


「……全力の一撃だ。『轟雷斬』!」


 エクスは真正面からキングにとびかかった。大きく剣を振り上げ、迸る雷を剣の切っ先に集中させる。そして全力を振り絞ってただ振り下ろした。この一撃を前に、キングは初めて、とある感情を覚えた。……「恐れ」である。


「ぬうっ⁉」


 キングは初めて、攻撃をかわした。今まではその頑健な肉体で受け止めていたというのに、エクスの轟雷斬を前に退いたのだ。そして奴は、身を退いて攻撃をかわした自分自身の行動にひどく動揺していた。


「お、俺が、恐れた……?たかが人間の、剣の一振りを、オーガの王たるこの俺が……?貴様……!」


「今度は逃がさないぞ。俺の全力、その身に受けてもらう」


「……馬鹿なことを。貴様ごときの単純な太刀筋、躱せぬわけがない」


「今度は私もいるわ」


 その時、廊下に空いた穴からフィオナが顔を出した。彼女の背の先には風の刃でズタズタに引き裂かれたオーガが一体、床に転がっていた。


「あんたが逃げようとするなら、私が風の渦であんたの動きを止める。……覚悟しなさい」


「……女……!」


 フィオナはキングを強くにらみつけた後、エクスの方へと振り向いた。


「私の魔法じゃ、あいつに擦り傷をつけるので精いっぱい。……だから、お願い。私の代わりに、みんなの仇を……」


「わかった。任せてくれ」


 エクスとフィオナはじりじりとキングに近づく。もはや形勢は逆転していた。エクスが放つ轟雷斬の威力は未知数だが、とっさに躱した自分の本能を信じるのなら、致命傷は間違いない。ならばエクスをどうにかしなければならないが、フィオナがその邪魔をする。彼女の魔法では致命傷を受けることはないが、鬱陶しいことはこの上ない。いちいちそんなものにかかずらっていれば、その隙をつかれて轟雷斬を叩き込まれる。……キングは今までにないほど焦っていた。ギルメンの街を襲った時は考えもしなかった「死への恐怖」が、彼の思考を支配していた。どうにかしてここから逃げ出さなければ。そんなことを考えているうちに、キングのあとずさりは止まった。


「……壁、か」


「これ以上、逃げ場はないぞ。覚悟しろオーガキング。今までの行いへの報いだ」


「……舐めるなァ!」


 キングはその場で振り返り、思いきり壁を殴った。その一撃で壁はいともたやすく破壊され、破片と埃が周囲に舞う。


「何を⁉」


「まさか、逃げる気⁉」


「者ども、集まれぇ!」


 壁を突き破って外へと逃げ出したオーガキングは、街の中央部に向かって走り出しながらそう叫んだ。もはや恥も外聞もない。彼にあったのは死にたくないという必死さと、負けたくないという執念だけだった。街にたむろしていたオーガたちは、キングの今までにない必死の叫びに驚き、すぐさま腰をあげて声の方へと向かう。


「お前ら!あいつらをどうにかしろ!」


「え、お、おう!」


 キングの指示を受けた部下たちが一斉にエクスとフィオナの方へと向かってくる。数の差は十倍以上。部下たちに用意がないとはいえ、この数の差が埋まるほどの隙があるわけではなかった。二人は一瞬にして取り囲まれ、一歩も動けなくなってしまった。


「クッ、キングの首までもう少しなのに!」


「どうにかしてこの包囲を突破するしかないが……。できるのか……?」


 じりじりと詰め寄ってくるオーガたちに刃を向けるものの、奴らはそれでは立ち止まらない。あと一歩で腕を伸ばせば届いてしまう。そこまで近づかれたとき。


「ぐわっ!」


 一人のオーガが突如倒れこんだ。後頭部には深く矢が突き刺さっている。


「何⁉これは……」


「おい!蛮族ども!こっちを見ろ!」


 声は上の方から聞こえてくる。その場から見上げると、屋根の上に誰かがいるのが見えた。それは、エクスに死ぬのが怖くないかと問いかけた男だった。妻と子を失い、オーガへの恐怖から抵抗することすら諦めていたあの男が、両足を震わせながら弓を握って屋根の上に立っている。


「なんだあいつは⁉殺せ!」


「こっちもよ!」


 崩れた建物の影から矢が放たれ、オーガの腹に突き刺さる。そこにいたのはエクスの朝飯を用意してくれた丸眼鏡の女だった。そのほかにも、地下でオーガの制圧から逃れていた者達が隠れながらも矢を放ち、オーガを仕留めていく。エクスとフィオナがそれに驚いていると、屋根の上の男が叫んだ。


「お前ら!今のうちだ!王の首を掻き切れ!」


 二人はその声にハッとし、その場からそろって走り出す。当然生き残ったオーガが行く手をふさごうとするが、もはやエクスたちの敵ではなかった。


「どけ!」


「邪魔!」


 エクスが迷わず剣を振り下ろし、フィオナは幾重にも重なった風の刃で立ちふさがったオーガを切り裂く。彼らを逃がすまいと周りのオーガが二人を追いかけるが、突然飛んでくる矢がその邪魔をする。


「キングゥゥゥ!」


「……人間ごときがぁ!調子に乗るなぁ!」


 キングが猛り吠える。ただ、エクスたちも一歩も引かない。エクスは剣を正面に突き出したまま駆け出し、フィオナは風を練り上げて作り上げた剣を振り下ろした。


「グアアアア!」


 キングの左腕が地面に落ち、胸にも刃が突き立てられた。キングはそのまま地面に仰向けに倒れこむ。


「……俺たちの、勝ちだ」


 キングは白んできた空を見上げながら、ただ黙って口から血を垂れ流すばかり。たまにせき込んだりはするものの、エクスたちに何かを言おうとはしなかった。


「……これで、私の復讐も終わる」


 フィオナが風の剣を天高く振り上げる。あとはこれを躊躇なく振り下ろせばキングの首が落ちる。……だが、彼女はすぐには振り下ろさなかった。


「最期に、何か言い残すことはないの?みっともない命乞いだったり、死ぬ間際の恨み言だったり。冥途の土産に聞いてやってもいいわ」


 そう零した彼女の顔は、怖いほどの真顔だった。キングはフィオナの方をちらりと見上げたが、何も言わずにすぐ視線を空に戻した。奴は最期まで、人間の思い通りにならないという意思を貫いたのだ。


「……う、うう、うわあああ!」


 風の剣が振り下ろされた。蛮族の王の首は軽く宙を刎ね、切り口からは鮮血を噴き出した。地下で生活していた生き残りの仲間たちが見つめる中、彼女は肩で大きく息をしていた。


「……終わったな」


「ええ、本当に」


 蛮族によって荒れ果てた街に、日の出が差し込んできた。地下で生活していた彼らは久しぶりに見る日の出に涙を流していた。




「まさか、みんなが助けに来てくれるとは思わなかった」


 ギルメンの街の中央部。瓦礫の山に腰掛けていたフィオナは、ともに地下生活をしていた仲間に向けてそうこぼした。仲間のうちの一人、妻と子を失った男が口を開く。


「本当はこんなことをするつもりはなかったんだけどな。この街の住民でもねえくせにこの街のために戦おうとしてくれる奴がいるんだ、いつまでも腑抜けてられねえと思ってな。ギルベルトさんに頼んで、いろいろ用意してもらったのよ。いやあ、足が震えたぜ」


「……でも、おかげで助かりました。ありがとうございます」


「礼はやめてくれ。お前が来てくれなけりゃ、俺は戦おうとすら思わなかったんだ。どちらかというと、全部お前のおかげだよ」


 男はそう言ってエクスの肩を叩いた。それを機に、他の仲間もそれぞれエクスに礼を告げる。最後、フィオナが瓦礫の山から立ち上がった。


「ギルメンの街を代表して、あなたに感謝を。……何も御礼を差し上げることができないけど」


「いや、構わない。礼が欲しくて助けたわけじゃないからな」


 エクスは剣に付いた血を払いながら鞘にしまった。フィオナは「それでも」と食い下がるが、彼女よりも街の現状が礼など難しいことを雄弁に語っていた。そんな時、残党探しに出ていた仲間の一人が大きな荷物を抱えて戻ってきた。


「ならせめて。街を取り戻した宴には参加してもらおうか。……あいつら、街中から略奪した食料をため込んでやがってよ。急ごしらえにはなるが、飯ぐらい食っていってくれ」


「……ここまで言われて引き下がるのも失礼か。ならご相伴にあずからせてもらおうかな」


 こうして、荒廃した街の中央部でささやかな宴会が始まった。そのほとんどがその場で焼いて調味料をつけただけのシンプルなものだったが、勝利の余韻に浸っている彼らにとっては些末な問題にもならなかった。




 数刻後。ささやかな宴も終わりを告げ、仲間たちはそれぞれ最後であろう地下の寝床へと戻っていった。地上に残ったのはフィオナの執事であるギルベルトと、彼に呼び止められたフィオナであった。


「お嬢様、少々お待ちを」


「……どうしたの?」


「ギルメンの街は救われました。エクスという一人の戦士の協力により」


「……ええ、そうね」


「お話は変わりますが、お嬢様はこれからどうなさいますか」


「どう、って言われてもね……。領主の娘として、ギルメンの街を立て直すだけよ。それ以外にすべきことなんてないでしょう?」


「……生前、旦那様と奥様から言伝を言い使っております」


 ギルベルトはそう言って懐から折り畳まれた紙を取り出した。彼はそれをゆっくりと広げ、深く息を吸って読み上げる。


「……『フィオナ。お前はじきに私の後を継ぎ、ギルメンの街を治める領主となるだろう。だが、お前は世間を知らない。知っているのは「領主の娘」として暮らせる街だけだ。それでは、厳しい世界を渡っていくことは難しいだろう。だからこそ、お前には世界を知ってほしい。……世界を巡り、あまたの物を知るのだ。お前は私の自慢の娘だ、きっと一回りも二回りも大きくなって帰ってきてくれることを願っている。父と母より』……。以上です」


 フィオナは何も言わなかった。ギルベルトから紙を受け取り、噛みしめるように何度も読み返す。そして、紙面にぼたぼたと大粒の涙をこぼした。


「わかりました、父様、母様……。ギルベルトも、ありがとう。ずっと、父と母の言葉を守り続けてくれて」




 翌日。エクスがギルメンの街を旅立つその日。


「……ありがとな。お前のおかげで、あいつらの分まで生きてやろうと思えたよ。まずは、街の奴らの墓でも作ってやるさ」


「こちらこそ、あの時助けてくれなければこうして無事にはいられませんでした」


 わずかな間ではあったが、エクスと地下生活を共にした者達が見送りに来ていた。彼らは固く握手を交わし、エクスが魔王を倒したのちに再会することを約束する。エクスがいざ旅立とうと背を向けた時、とあることを思い出した。


「そう言えば、フィオナの姿が見えないな」


「……お嬢様はお休みでございます。昨日はよほどお疲れでしたから、起こすのも忍びなく……」


「なら、伝言を。『またいつか会おう』と」


「……ええ、確かに」


 フィオナの執事であるギルベルトに伝言を残し、エクスはギルメンの街を出た。ちらりと振り返れば数人が精いっぱいに手を振っている。彼もまた後ろ手に手を振った。


「そこのお人よしそうな剣士さん」


「うん?」


 街を出て少しした時、背後から聞き覚えのある声が聞こえて来た。まさかと思いつつ振り返れば、そこにはフィオナが立っていた。


「フィオナ?どうしてここに?」


「……父様と母様からの伝言でね。旅をしようと思って」


「街のことはいいのか?」


「ええ。みんなに任せて来たわ。……私は世界中を旅して、領主にふさわしい人物として成長するの。……それで、もしよかったらなんだけど……」


 フィオナはそこでうつむき、言葉を濁らせる。何を言い出すか考えたエクスは、すぐにその答えにたどり着いた。


「わかった。『旅は道連れ世は情け』と言うしな。……でも、いいのか?危険な旅になるけども……」


「……構わないわ。覚悟してきたんだもの。……それじゃ、これからよろしくね」


 フィオナはそう言ってエクスの横に並び立ち、憑き物が落ちたような明るい笑顔を見せた。その瞬間、二人の背中を押すように優しい風が吹き抜ける。フィオナはその風を受けてとっさに振り返り、「行ってきます」と小さくつぶやいた。




「それで、次はどこに行くの?」


「……そうだな。もともとは王都に行って船を都合してもらおうと思っていたんだけど……」


 ギルメンの街を出てから数刻後。昇っていた日が頂点に達した頃、エクスたちは街道の途中にあった小さな宿場で足を休めていた。彼らは注文した食事を待つ間、次にどこへ向かうかを話し合っている。


「ギルメンの街が放置されていたって現状を考えると、王都も今はそれほどいい状況じゃないのかも知れない」


「でも、それは今より前の話だし……。今はもう落ち着いているかもしれないわよ」


「そう。だからひとまず、ここから王都までまっすぐ進んで、シパープ宿場に向かいたい。あそこは王都に出入りしようとする商人が多く集まる場所だし、何か話が聞けそうじゃないか?」


「……うん、賛成」


 二人がテーブルの上に広げていた地図から頭をあげた時、ちょうど注文した料理が運ばれてきた。エクスは素早く地図をしまい、料理を受け取る。


「お二人さん、このご時世に旅とは勇気があるねえ。魔物が怖くねえのかい?」


 料理を運んできた中年の男が話しかけて来た。ちらりと周りを見渡せば、席はガラガラ。どうやら暇らしい。エクスは話し相手として付き合うことにした。


「ええ、まあ。それなりに腕に覚えがあるので」


「へえ、そりゃいいもんだ。……でも、気を付けなよ。ちょっと前にな、近くのギルメンって街がオーガに襲われたらしいのよ。生き残りがいるとは聞いてるんだが、その人たちは大丈夫なのかねえ。今は王都も手一杯らしいし……」


 エクスの目の端が鋭くなった。どうやらこのおしゃべり好きな店員は何か王都の情報を知っているらしい。彼はそのことについて尋ねてみる。


「……ギルメンの街なら大丈夫ですよ。それより、王都が手一杯とは?何かあったんですか?」


「なんだ、田舎の出で知らねえのか。今はあそこ、ゴブリンっていうちっこい魔物の群れに襲われてんだ。それも、ただの群れじゃねえ。二つ三つの群れが合同で王都を襲ってる。まさかゴブリン共があれだけ賢いとはな」


 ゴブリン。大鬼と称されるオーガの対となり、小鬼と称される。普段は洞窟の中で暮らし、滅多に人前に姿を現すことのない臆病者でもある。だが、ひとたび敵対すれば地の果てまで追いかけてくるという残忍さも持ち合わせている。オーガほど力はないが、群れでの行動が多く、小柄で身軽であり非常に厄介な魔物だといえる。


「ゴブリンが?でもあいつらは、こっちが手を出さなければ何もしてこないはずでは。わざわざ王都の方にまで向かってくるとは……」


 ゴブリンは臆病者である。森などで出くわした際、彼らは真っ先に逃げを選ぶ。小柄が故の生存戦略なのだろうが、そのおかげでゴブリンに襲われるという被害報告は極端に少なかった。被害のほとんどはゴブリンが持つと噂されている秘宝を求めて刃を向けた者が返り討ちにされるといったものであり、群れを率いて住処を大きく離れるといったことは珍しいどころの話ではない。


「そう、とんでもなく珍しい話だ。王都の警備を務めてた兵士たちが総出で対応しているらしいが、事態はそれほど芳しくないらしい。今王都に近づけばゴブリンの群れに襲われて一瞬で骨までしゃぶられるだろうな」


「……そうなんですか……」


「悪い、話が長くなったな。つい暇でよ。……とにかく、旅は気をつけろよ」


 暇を持て余していた店員は短く詫びを告げると二人の席から離れて行った。エクスはスプーンに手を伸ばしながら言う。


「……どうしたものか。王都に近づけないとは……」


 フィオナは少し硬いパンを手でちぎりながら言った。


「王都が落ち着くまでは近づくべきじゃないとして……。他に目的地らしき場所は?」


「……仲間、かな」


「仲間?」


「うん。……正直、魔王の力がどれほどの物か全く想像がつかない。俺たち二人で相手ができるのかと聞かれれば……。正直難しいだろうな」


「……オーガ相手にあれだけ苦戦したんだし、そりゃそうよね。……でも、一緒に来てくれる人なんているのかしら。『一緒に魔王と戦ってほしい』って言って首を縦に振る人なんている?」


「それは、探してみるまでわからないな。もしかしたらどこかに、フィオナみたいな勇気ある人がいるかもしれない」


「……まあ、あなたみたいなお人よしもいるんだし、どこかにそう言う人もいるかもね。……それで、どこ行く?」


「ひとまず王都から離れよう。……ここから南に向かって、グラードに行こう。あそこにはミシェスに一つしかない闘技場がある。誰か血気盛んで頼れる仲間を見つけられるかもな」


「賛成。どのみち王都には行けないし、修行の意味も込めて練り歩きましょうか」


 食事を終えた二人は席を立ち、店を後にした。そして一度王都の方に視線を飛ばし、その方とは逆へと歩き出した。




「今の時勢を考えれば盛り上がってないのも当然だとは思うが、さすがに静かすぎないか?」


 宿場を出てから数刻後。何とか日が落ちる前にグラードにたどり着いた二人を出迎えたのは、あまりにもさびれた街の様子だった。聞いた話では「眠らない街」として日夜問わず店の明かりが灯り続けるにぎやかな街だというのだが、それは全くの嘘であるかのような静まり返り具合であった。


「……人の気配がないわね。どうなってるの?まさか、ここも何かの魔物に襲われたりした?」


「それにしては静かすぎるな。魔物に襲われたのならギルメンみたいに荒れ果てるものだと思うけど、これは……」


 まるで人だけがいなくなってしまったかのようであった。何が原因なのかはわからないが、ここに住んでいたものは全員去ってしまった。そのように感じられてならない。試しに一つ適当に店をのぞいてみるが、やはりもぬけの殻だった。棚に置かれた野菜や果物はそのまま放置されており、誰かが手を付けた様子もない。


「……もう少し探し回ってみよう。どこかに誰かいるかもしれない」


「どうする、手分けする?」


「……いや。ここで単独行動するのは危険だ。一緒に行こう」


「オッケー」


 二人はそのままグラードの街を進み始めた。街の奥には闘技場があり、本来ならばそこに近づくにつれて喧噪も増す。路地裏では常に血気盛んな連中が諍いを起こしており、「グラードの喧嘩は街の華」という言葉も生まれたほどだった。だというのに、今のグラードは静寂そのものだった。聞こえるのは二人の足音、路地裏を吹き抜ける弱い風の音、そしてそれに転がされた酒瓶の音だけ。……二人がおそるおそる歩みを進めていると、一つの宿屋が目に留まった。


「……あの宿屋、少し気になるな」


「どこが?」


「窓が閉め切られてる。周りの店は急いで逃げ出した後みたいに扉も窓も開け放たれているのに、あそこだけ。……何か隠してるんじゃないか?」


「気になるのなら調べる他ないわね。どうせほかに手掛かりもないし、宿屋なら誰もいなくてもベッドはあるでしょ。宿屋の主人には悪いけどタダで休ませてもらいましょ」


 二人は闘技場近くの宿屋へと近づく。扉に耳を当てて聞き耳を立ててみるが、中から物音はしない。エクスがゆっくりと扉を開けると、部屋の中にわずかな月明かりが差し込んだ。


「……暗いな。ちょっとランタンを貸してくれ」


 エクスはフィオナからランタンを受け取り、部屋の中へと突き出す。ぼんやりと照らされた宿屋の中は荒らされた形跡などはなく、やはり他の店などと同じようにただのもぬけの殻となっていた。


「一階は食堂、二階が宿泊部屋って所かな」


 等間隔に並べられたテーブルとイス、そして部屋の奥にあるカウンターと調理場からエクスはそう判断した。彼はランタンを二階へと続く階段の先に差し向ける。その瞬間、何かが光を避けるように動いた。


「今、何かいたぞ」


「私も見た。追いかけるわよ」


 二人は急いで階段を駆け上がる。何かが逃げた先は寝泊まりする部屋がいくつか並んでいるだけだ。逃げた何かはいずれかの部屋に隠れているに違いない。

読んで頂きありがとうございました。宜しければ評価・感想のほどよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。