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ガレオン勇者伝説  作者: 源


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第三話

前回のあらすじ

故郷から旅立ったエクスは、約一日近くをかけて隣町へとたどり着いた。宿で体を休めようとすると、ここより先のギルメンという街が魔物に支配されてしまったという噂を聞く。魔王を倒す使命を負った者として、それをどうにも見過ごすことのできなかったエクスは、その街の住民を助けるためにギルメンへと向かった。


誤字脱字等、ご容赦ください。

「問題は、どうやってあそこに忍び込むかってこと」


 フィオナは「キング」が住み着いている屋敷を指さして言う。


「王様が住んでるだけあって、警備は万全。いつも二体以上のオーガが入り口周りをうろうろしてる」


 彼女が指を指す方向を見ると、確かに二体のオーガが歩き回っている。ただ、その様子はどうにも真面目に職務に取り組んでいるとは思えない。片や酒樽を片手に、もう片方はあくびをしながら。付け入る隙はいくらでもあるだろう。


「……前までは、ここで止まってたの。どう考えても、一人でオーガ二体を素早く片付けるのは不可能に近かったから。でも、今はあなたがいる。あなたと手分けしてオーガを始末して、屋敷の中に乗り込むの」


「それはいいけど。……戦えるのか?」


 エクスの心配はそこにあった。フィオナは女性だ。それも、エクスと同年代ほど。人を見た目で判断すべきでないことはよくわかっているが、そもそも彼女は剣や槍など、武器になりそうなものを持ち歩いていない。エクスの疑問ももっともである。だが。


「心配しないで。私、魔導学校の優等生なの」


 彼女はそう言いながら、自身の右の手のひらに小さな竜巻を生み出した。彼女は手を握って竜巻を打ち消し、楽しそうに笑う。


「驚いた?」


「うん。……まさか、魔導士だったとは」


「生まれつき、魔法の才能があったの。ただそれだけ。あなたは、魔法使わないの?」


「いや、どうかな。生まれてこの方、魔法を使いたいとも思わなかったからなあ。……使えるなら使ってみたいけど、俺に使えるものかな」


「……私が見る限り、あなたも魔法の才能がありそうだけど。……特訓つけてあげる。魔法が使えるようになったら、これからの戦いもきっと楽になるはず」


 フィオナはそう言って立ち上がると、隠れ家までの道のりを戻り始めた。エクスはその場で呆気に取られていたが、彼女の「何やってるの?」という声に意識を取り戻し、その場から立ち上がって彼女の後を追った。




 二人が向かったのは、隠れ家よりもさらに下水道の奥にある小さな小部屋だった。中は真っ暗で何も見えないが、フィオナが指を鳴らすと天井からつるされていたランタンが灯って部屋を明るく照らす。部屋にあるのは藁を編んだ敷物だけだった。


「この部屋は?」


「もともとは、下水道の整備に使うものが置かれてた部屋。今は私の修行部屋にしてるの。……修業は何でも同じよね、毎日サボらず続けることが一番大事。……じゃ、座って」


 フィオナはそう言うと、床に敷かれた敷物に腰を下ろし、胡坐をかいた。エクスもそれに従い、胡坐をかく。


「目を閉じて、楽にして。大きく深呼吸。……自分の身体の中に、何かが巡っているのを感じるの。血じゃない、何か。それが魔力よ」


 フィオナの言うとおりに試してみると、エクスは自分の身体が温かくなってきたと感じた。周りから温かいものを与えられているのではなく、身体の内側から何かが湧いてくるようである。その熱に意識を向けると、さらに温かさが増していく。次第にはっきりと、熱が体中を駆け巡っているのが感じられるようになってきた。


「……筋がいいね。その様子なら、私が通ってた学校に行っても落ちこぼれたりはしないと思う。……それじゃ、次に行きましょ。そのままの姿勢で聞いてて。……体中を駆け巡る熱。それを一点に集めるの。自分の手のひらに。……やってみて」


 エクスの体は自然に動いていた。胡坐をかいた姿勢から右腕をまっすぐ前に伸ばし、手のひらを天井に向けている。自分でもなぜこう動いたのか、エクス自身も理解していない。体を駆け巡る熱が、そうさせたのだろう。


「どう?手のひらが熱くなってこない?あとは、それを解き放つだけ。イメージは何でもいいの。燃え盛る火柱が自分の手から立ち上るのでもいいし、激流があふれ出すのでもいい。……あなたがどんな魔法を使えるかは、あなたの思い付きで決まるといってもいいわ」


 エクスはフィオナの言葉を聞き、あふれ出す何かを想像した。周りに満ちていく、滾っていく何か。それはすべてを貫きそうなほど鋭く、それを見た者の目を焦がさんばかりにまぶしかった。


「……出ろ!俺の魔法!」


 エクスが右手に力を籠める。彼の手のひらからあふれ出たのは、炎でも水でもなかった。部屋中を駆け巡り、天井からつるされていた頼りない明かりの電球を強く照らし始める。……雷だった。


「おお……。すごい!初めてでこんなに……!」


「これが、俺の魔法、なのか……?」


「そう。今の感覚を覚えて。毎日意識して練習すれば、こうやって……」


 フィオナは右の手のひらからいともたやすく炎を生み出した。さらに、左手からは渦巻く風を生み出した。エクスはただ感心して「おお……」と声を漏らしている。


「いろんな魔法を扱えるようになるわ。風と炎を合わせて、熱風を生み出すことだってできる。……剣技だけの戦いにも幅が生まれるはず」


「……確かに、この力があればいろいろなことが出来そうだけど……。そうなるにはかなり時間がかかりそうだ。……オーガキングは今すぐどうにかしなければならない存在なんだろう?こんな悠長なことをしていても……」


「大丈夫」


 エクスの心配事に対し、フィオナは食い気味に否定の言葉を投げかけた。彼が「何故」と問いかけるよりも早く、彼女は続きを口にする。


「……あいつらは馬鹿だから。腹いっぱい食べて飲んで、それで満足するの。地下で私たちがこそこそしていようが、まるで気にしてない。……檻の向こうで獣が暴れても、私たちは恐怖を覚えたりしないでしょ。ただ、『暴れてるなあ』としか思わない。もっとお気楽な人は、『滑稽だな』とすら思うはず」


「つまり。あいつらは何もしてこないって?」


「そう。……まあ、姿を見られたりすればその限りじゃないけど。羽虫をみて我慢できないってことなんじゃない?」


 フィオナは肩をすくめながら軽く言った。その声色には、どこか諦めらしきものも感じられた。


「だから、ここで好きなだけ特訓して行って。あなたが戦えるようになるまで待つから。……心配しないで、待つのには慣れてるの」


 フィオナは「仕事がある」と言って部屋を出て行った。残されたエクスは、彼女の「待つのには慣れてる」という言葉が心に引っ掛かりながらも、言われた通りに魔法の訓練を続けた。




「エクス様、いらっしゃいますでしょうか」


 それからどれほど経っただろうか。地下であるために日の光も当たらず、今が昼なのか夜なのかもわからない時。部屋の外からエクスの名を呼ぶ声が聞こえて来た。声色からしておそらく老人。それも男性の声だ。エクスが「はい」と返事をすると、古ぼけた木の扉が開いた。


「夕食の用意が出来ましたので、お呼びに参上しました」


「……すみません、どなたですか?俺は見知らぬ人に敬語を使われるほど偉い人間ではないんですが」


「これはご挨拶が遅れて申し訳ない。私、フィオナ様の御父上に仕えていた執事のギルベルトでございます。以後お見知りおきを」


 短い白髪を後ろにまとめた、目つきが鋭い初老の男。背筋はまっすぐと伸びており、その振る舞いは優美と言えるだろう。彼は恭しく頭を下げた。エクスもそれにつられて慌てて頭を下げる。


「さあ、こちらにどうぞ。夕食が冷めてしまいます」


「……ありがとうございます」


 ギルベルトに連れられ隣の部屋に戻ると、すでに反攻組織の全員がテーブルを囲んでいた。フィオナ以外の全員がエクスの姿を見た途端に嫌悪の視線をぶつけてくる。彼はギルベルトの言葉に従い、フィオナの隣の席に腰を下ろした。


「……いただきます」


 誰かがそう言い、他の皆も続けて言った。暗い声の「いただきます」が宙に消え、皆が明日に処刑される囚人のような悲壮感をまといながらスープをすすった。それに耐えられなかったエクスは、出された食事を碌に味わう間もなく食べ終え、一人足早に部屋を出た。


「みんな、生きることを諦めてるみたいだ」


 部屋を出てすぐ近くに置かれていた木箱に腰を下ろし、ぼんやりと光るランプを見つめながら呟くエクス。彼は背中に背負ったままの剣を引き抜き、剣をじっと見つめる。刃に反射した自分の表情は、周りの明るさのせいかひどく暗く見えた。


「……皆さんは、裏切られてしまったのですよ」


「え?」


 いつの間にか、ギルベルトがエクスの隣に立っていた。彼は「失礼、驚かせてしまいましたね」と頭を下げる。エクスは「いえ、大丈夫です」と返した。


「それよりも、裏切られた、とは」


「……この街がオーガに支配されてすぐ。私たちはオーガの目を盗み、王都に向かって使いを出したのです。街を救ってほしいとの文書を持たせて。……答えはすぐに返ってきました。『それはできない』と一文だけ書かれた文書が」


「それはできない……。何故?」


「それは、今でもわかりません。……何度も使いを出しては、返ってきた答えはいつも同じでしたから。その上、文書を持っていく使いも毎回無事で出て行けるわけではありません。街を出る前にオーガにつかまり、あられもない姿をさらして死んだ者もいるのです。……その後、オーガは『生き残り狩り』を始めました。一度姿を見られた羽虫がどうなるか、想像には難くないでしょう」


「……それで、諦めてしまった、と」


 ギルベルトは深く頷いた。……彼らには彼らなりの、立ち上がれない理由があったのだ。オーガの侵略で力の差を見せつけられ、求めた救いの手は差し伸べられることはなかった。そしてそのうちに、自分たちは助からないと決めつけた。いつまでも希望を持ち続けるのは、一度絶望するよりも辛いからだ。


「でも、フィオナは」


「……お嬢様は、お諦めにはならなかった。……いえ、諦めるという選択肢は、最初からないのでしょう。彼女の御父上と御母上は、お嬢様の目の前でオーガに殺されてしまったのです。……その日からお嬢様は、ただ復讐のことだけを考えて……」


 彼女が「待つのには慣れている」と言った理由の一端が分かったような気がした。エクスは剣をしまい、ギルベルトの方に向き直る。


「何故、俺にこの話を?」


「……久しぶりに、お嬢様の笑顔を見たのです。ずっと眉間にしわを寄せて、寝ても覚めてもオーガを殺すことを考えていたお嬢様が、あなたとの魔法の修練の話で笑顔をこぼしたのです。……あなたなら、復讐にとらわれたお嬢様を真の意味で救えるのではないか。……お嬢様の『じいや』を長年務めて来た私の勘が、そう言うのです」


「フィオナを救う……。真の意味で……?」


 ギルベルトは「はい」と頷いた。エクスはただ首をかしげるだけだったが、ギルベルトには何かが見えているらしい。「どうぞよろしくお願いいたします」と言って部屋に戻っていった。


「……言うだけ言っていなくなっちまった……。兎に角、魔法の特訓しなきゃな。手から雷が出るなんて、静電気と変わらないじゃないか。これを使って戦うのなら、もっと使いこなせるようにならないと」


 エクスは木箱から立ち上がり、隣の部屋に入った。彼はその日それ以降、部屋から出てくることはなかった。




 それから五日が経った。エクスが身に着けた雷の魔法はみるみる成長し、空の木箱を破壊できるほどの威力を放つことができるようになっていた。魔導学校の優等生らしいフィオナからも、「そのレベルなら十分戦えそうね」とのお墨付きをもらった。そう評価を下した彼女の目は、エクスではなくどこか遠くを見ていた。


「……それで、いつ仕掛けるんだ?」


「当然、夜。あいつらが酒を飲んで気持ちよく寝たその時が仕掛け時。……寝酒ぐらいは待ってあげてもいいかな。永眠の寝酒だけど」


「寝首を掻くってことか」


「……何?もしかして、正々堂々じゃないと嫌だったりする?」


「いいや。……俺がどうやってここに入ったか、覚えてないのか?」


 フィオナは「そう言えば、闇討ちで見張りを倒したんだっけ」と右手の人差し指を顎に添えた。


「闇討ち上等、勝つための手段を選ぶつもりはない」


「それならそれでいいわ。……作戦の決行は今夜。今のうちに体を休めておいて」


 フィオナは「ちょっと様子を見てくる」と言って部屋を出て行った。エクスは彼女に言われた通り、体を休めるために自分にあてがわれた寝床へと向かおうとした。その時。


「……本気か?」


「え?」


「本気でオーガとやり合うのかって聞いてんだよ」


 エクスにかみついたのは、初日にエクスのことを嗤ったあの男だった。彼はテーブルの一角に腰を下ろしたままエクスの方を見ずに言う。


「……ええ、本気です」


「死にたがりか?それとも、英雄にでもなりたいのか?」


「……どっちでもありません。俺はただ、俺にできることをやりたいだけです。そしてそれは、手が届くなら手を差し伸べること。……それがどんな結末を導くとしても」


「死ぬとしてもか?」


「……それは」


「いや、悪い。……意地悪な質問だったな。こんなことを聞かれれば、誰だって言葉に詰まる。……死ぬことなんか考えてないし、死にかけたとしても最後まであがくんだろう?実際、滅多なことじゃ死にはしないしな」


 エクスに背中を向けたまま話していた男は、椅子に座ったままエクスの方へと振り返った。あの日エクスに噛みついた時のような、怒気が現れた表情ではなかった。


「……でも、人間死ぬときは死ぬんだ。それも馬鹿みたいにあっさりな。……俺の嫁と子供みたいにな。それを目にしたあの日までは、死ぬなんて話、遠いものだと思ってた。……本当なら、俺がお前の代わりに戦うべきなんだろうな。俺にはもう家族もいないし、守りたいものもない。でも、怖いんだ。あいつらみたいに、あっさり叩き潰されてしまいそうで……。お前は、近しい誰かが死ぬのを見たことはないんだろう?」


「ええ。まだ」


「……だから、戦えるんだろうな。戦場で死ぬ怖さを知らないから。……引き留めて悪かったな。精々、死なないように気をつけろよ」


 エクスを引き留めた男は椅子から立ち上がり、部屋から出て行った。あれほどオーガを怖がっているというのに、部屋の外に出て何をするのだろうか。エクスは出て行く男の背中を見送り、あてがわれた寝床に向かった。




 半日後。日が沈み月が空に昇った頃。エクスとフィオナは地下から地上に出ていた。オーガはいつものように、街の中央に集まって火を焚き、酒をあおっている。見張りが殺されたことなど意に介していないようだった。


「……見張りが殺されたくせに、騒がないんだな」


「オーガは野蛮な種族なの。『力こそすべて』って考えでね。仲間が殺されても、それは『殺された奴が弱いのが悪い』って考えてるみたい。……それに、仲間が死ねば一人当たりの酒の量が増えるからね。弱い奴が死ねば、自分が飲める酒が増える。……あいつらにしてみれば、仲間の死は嬉しいことみたい」


「……まさに魔物だな」


 どこからか調達してきた酒樽を掴み上げ、そのまま口をつけるオーガたちをしり目に、オーガキングがいるという屋敷の跡地へと向かうエクスたち。かつてフィオナとその家族が住んでいたという屋敷は、完全にオーガの所有物と化していた。門の前に立つ見張りは、まるでここが自分の家だと周りに言いふらすかのように、胸を張って立っている。


「まずはあいつらをどうにかするのか?」


「……いや、裏から忍び込むわ。キングさえどうにかできれば、あいつらなんかどうとでもなるわ。……行きましょ」


 フィオナは見張りなどには目もくれず、大きく遠回りして屋敷の裏へと回る。裏には空になっているであろう酒樽がいくつも積み上げられ、大きな山になっていた。


「……これを登りましょう」


 オーガの侵略に抗った痕は屋敷の二階にも残されていた。壁が崩れて大きく空いた穴は、ちょうど積まれた酒樽を足場に登った先にある。忍び込むにはちょうどいい穴だ。あそこならば見張りの目も届かない。


「俺が先に行く。何があるかわからないからな」


「……わかった」


 気が逸っているフィオナを先に行かせたらどうなるかわからない。万が一のことを考え、エクスが先に酒樽でできた山を登り始めた。粗暴に見えるオーガたちの振る舞いではあったが、思っていたよりも丁寧に積まれているため、それほど足場に不安はない。無事に登り切り、穴から屋敷へと入った。部屋に誰もいないことを確かめ、下にいるフィオナに合図を送る。


「いいぞ、登ってきてくれ」


 普段からそのような動きをしていたのか、すいすいと酒樽の山を登り切り、フィオナはあっという間に二階に空いた穴にたどり着いた。エクスが差し出した手を取り、部屋へと引き込まれる。


「……さて、問題はここから、だな」


「静かに行きましょう。感づかれると面倒だもの」


 フィオナは身をかがめ、小声でそう言った。彼女は暗い中でも迷うことなく広い部屋の中を進み、扉のノブに手をかけていた。エクスはそれについていくので精一杯であり、いちいちしゃべっている余裕などなかった。


「キングがどこにいるか、調べはついているのか?」


「わかんない。でも、探せばどこかにいるでしょ」


 投げやりともいえるフィオナの物言いに、エクスはただ呆気にとられるだけであった。その間にも、彼女は扉を開けて屋敷の廊下に出る。窓や崩れた壁から差し込む月の光が廊下を照らしており、かろうじて見通せる程度の視界はあった。


「……でも、大体の予想は出来てる」


 フィオナは迷いのない足取りで廊下を進み始めた。かろうじて残っている階段から階下を覗くと、何者かの話し声が聞こえて来た。


「ほんとにいいんすか?あいつらをほっといて。見張りが一人殺られてるんすよ?このままじゃあいつらが調子に乗っちまいますって」


「……お前は心配性だな。いつの日か、地下に籠る奴らが俺たちに反旗を翻すと考えているんだろう?……それは杞憂だ。あんな奴らが束になったところで、俺たちに敵うものか」


「……そうっすか?ほんとにそうならいいんすけど……」


「そんなに気になるなら、お前ひとりで片づけてこい。俺は面倒なことが嫌いなんだよ」


「……いえ、いいっす」


 話し声が止んだ。扉の開閉音が聞こえてくる。明るい部屋から出てきたのはオーガだった。頭をガシガシと掻きながらため息をついて屋敷を出て行った。


「……行ったわね。私たちも行きましょう」


 二人は足音を立てないように一階に降りた。崩れた玄関からは外が見える。門の先には二人の見張りがいるが、こちらに気づいている様子はない。


「やっぱり、この部屋にいた」


「……この部屋は?」


「この街でもっとも偉かった男、ギルメンの領主の部屋。……私の、父の仕事部屋だったの」


 彼女は両手をぎゅっと握りしめた。震えている拳からは、彼女の怒りが感じ取れる。この扉の先に、彼女の宿敵がいるのだ。


「……覚悟はいい?」


「ああ。いつでも」


 エクスは背中に背負っていた剣を抜いて構えた。フィオナは大きく息を吐き、扉のノブに手をかける。蝶番がきしみ、ゆっくりと扉が開く。部屋の光が外に漏れだすと同時に、声が聞こえて来た。


「誰だ?ノックもしないで……。またお前か?人間どもの殲滅なら、お前ひとりでやっていろと話したはずだ」


 部屋の中のモノは先ほどのオーガが戻ってきたと勘違いしているらしい。ゲップ混じりに聞こえて来た声はずいぶんとダルそうであった。


「……オーガキング!覚悟しなさい!」


 フィオナが扉を開け放ち、部屋に飛び込む。酒樽に埋もれるように座り込んでいたのは、外にいるオーガよりも一回りも大きい体躯を誇るオーガだった。まさに王を名乗るだけはあるだろう。


「『風の刃』!」


 吹き荒れる風が鋭く尖り、刃となってオーガキングのもとへと飛んでいく。飛び込んできたフィオナの行動に反応しきれなかったのか、奴はそのまま風の刃をその身に受けた。だが。


「……なんだ、この程度か」


 オーガキングの身体にはわずかな切り傷しかできていなかった。奴の背後にある酒樽は綺麗に両断できていることから、風の刃の威力はそれなりであることは証明されている。……奴の身体はそこらの酒樽よりもよほど頑丈だということだ。


「隣の男、見ない顔だな。……見張りを殺して入ってきたのはお前か」


「……だったらなんだ」


 オーガキングはフィオナには目もくれず、その隣にいたエクスに声をかける。エクスは剣を突きつけるように構えた。


「ここに住み着いている人間どもはどれも腑抜けていてな。地下でこそこそと生き延びているだけ。……正直退屈だったんだが。そこに、お前が来た。見張りを殺したということは、それなりに戦えるんだろう?体がなまってしょうがないんだ、少し『運動』に付き合ってくれよ」


 立ち上がったオーガキングは大きく伸びをし、関節から軽い音を響かせる。口角はにやりと釣りあがっている。……完全に自分の方が強いと思い込んでいる。


「まずは一発。……受け止めてみろ!」


 奴はその場から思いきり拳をふりぬいた。エクスはまともに付き合おうともせず、その場から退いて拳を躱す。だが、とてつもない速さで振りぬかれた拳は風圧を生み出し、エクスへと襲い掛かった。


「うわっ!」


 猛烈ともいえる風に体を押され、その場でしりもちをついてしまうエクス。オーガキングがその隙を見逃すはずもなく、「次はこれだ!」と言って追撃として拳を振り下ろす。エクスはその場で床を転がり、何とか振り下ろされた拳から逃れた。両手で床をついて跳びあがり、勢い良く立ち上がる。


「ええい、ちょこまかと!実に人間らしい、小賢しい戦い方だな。……だが、逃げ回っているだけでは、この俺を倒すことなどできんぞ!」


 オーガキングは部屋の中央にあった大きな仕事机をエクスの方に向かって蹴飛ばす。エクスは再度床を転がり、木の塊から逃れた。エクスは素早く立ち上がり、敵に向かって剣の切っ先を向ける。


「面白い。今まででこんな相手はいなかった。……楽しくなってきたぞ」


 闘争が趣味だとでもいうのか、オーガキングは両手を強く握りしめ、口角をにやりと引き上げてエクスを見つめる。一瞬の隙が致命的となる数秒が漂ったその時。オーガキングの側面から風の刃が飛んできた。


「勝手に楽しんでんじゃないわよ!こっちは、真剣なのよ!『烈風刃』!」


 先ほどの風の刃よりも威力、数ともに増加したより激しい攻撃がフィオナから放たれる。オーガキングがエクスにかかり切りになったのを好機と見たのだろう。だがそれはキングが振るった太い腕によって一瞬でかき消されてしまった。


「邪魔するな!俺は今この男との真剣勝負を楽しんでいるんだ!お前のような雑魚にかかずらっている暇などない!失せろ!」


 水を差されたことがよほど癪に障ったのか、キングは床に転がっていた椅子を鷲掴み、フィオナに向かって投げつけた。彼女は再度風の刃を生み出し、自分目掛けて飛んできた椅子を両断したが、それが大きな隙となった。その間にキングはフィオナとの距離を詰め、大きく拳を振りかぶっていたのだ。


「ぶっ潰れろ!」


 怒りのままに振り下ろされた拳は、フィオナの頭部を狙っていた。もろに喰らえば、骨すら砕けるだろう。キングの素早い動きに反応できなかった彼女は、ただ眼前に迫る拳を見つめるしかなかった。そこへ。


「させるか!」


 一瞬、部屋中がまばゆい光に包まれた。フィオナがまぶしさに目を閉じると何かがぶつかるような音と、誰かが床に倒れこむような音が響く。すぐさま目を開けると、彼女の目の前にはエクスがおり、彼の先には床に倒れたキングがいた。キングは何が起きたかよく理解していない呆けた表情を浮かべている。


「……い、今のは、なんだ⁉」


「ぶっつけ本番だったが、何とかなるもんだ。……今のは俺の技、『迅雷突』だ。ただ雷をまとって相手に突進するだけだがな」


 エクスは少し息を切らしながら言った。フィオナの危機を前にして、自信のなさを理由に魔法を出し渋ることをやめたのだ。とっさに考え付いた攻撃ではあったが、それが何とか彼女の危機を救った。……起き上がろうとするキングに対し、エクスは剣の切っ先を向ける。


「俺は正々堂々なんて言わないぞ。……その首もらった!」


 エクスはとどめとばかりに剣を振り下ろす。だが。キングはこの程度でやられるような存在ではなかった。剣が振り下ろされるよりも早く足を振り上げ、エクスの胴に蹴りを入れる。エクスが痛みにひるんだ隙を見て飛び上がるように立ち上がり、その勢いを利用して足を突き出すような蹴りを放った。エクスはそれをかろうじて剣で受け止めたものの、強く弾き飛ばされ壁に背中を叩きつけられた。


「俺はオーガの中の王だ!この程度でやられるわけがないだろう!……さあ立て、続きだ。これより先、手加減は一切なしだ。覚悟しろ、人間ども!」


 オーガキングは部屋の真ん中で仁王立ちし、声を張り上げる。闘志は十全に満ちており、ハッタリなどではないことは嫌でもわかった。自分の魔法が一切通用しなかったフィオナは、「これからが本番」というキングの言葉に戦意を削がれ、わずかにあとずさりしている。しかし、壁に叩きつけられたエクスはゆっくりとその身を起こし、剣を握りなおした。


「……やってやろうじゃないか。俺たちだって、まだ本気は出してねえんだ」


 心が折れ欠けていたフィオナは、腕を振るわせながらも啖呵を切るエクスをじっと見つめていた。

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