第二話
前回のあらすじ
とある小さな町に住むお人よしな青年エクスは、街道に現れる魔物を狩ることで生計を立てていた。そんな時、魔物を相手にするという行為に目を付けられ、国王から魔王討伐を命じられる。
エクスはそれを引き受け、町民からの応援の声を背に受けて町を出た。
誤字脱字等、ご容赦ください。
エリーテの町から旅立ったエクスは、今まで仕事の場にしていた街道を一人で行く。空は綺麗に晴れ渡っており、雲の数はまばらだ。吹き抜ける風は穏やかで、エクスの旅を後押ししているようにも思える。
「……ひとまず、アトラまでは行かないとな」
彼は歩きながら地図を広げていた。彼の視線は地図上の街道をなぞり、エリーテの隣町であるアトラへと向かっていた。エクスには魔王を倒すという使命が課せられているが、だからと言ってそのまま魔王の元に向かうことはない。魔王の力はあまりにも強大であり、世界で有数の魔力を持つ魔導士から力を借りなければ、魔王の前で立っていることすら難しいだろう。さらに。
「……大雪原までの船なんて出てるのか……?」
魔王の城がある大雪原は、惑星ガレオンの北極の海を越えた先に存在する島でもある。どうにかして氷海を渡らなければ、魔王に挑むこともできはしない。
「船に関しては、国王に相談するしかないな。魔王を倒せって言いだしたのも王様なんだし、船ぐらいは出してもらわないと……」
彼は地図に注いでいた視線をさらに滑らせる。アトラからさらに先、ギルメンを過ぎて王都ミーシェン。そこまでたどり着くまでにも、一週間程度は歩かねばならないだろう。彼は地図を丸めて腰のベルトにつけていたポーチにしまい込むと、空を見上げて大きくため息をついた。
それから三時間後。何度か休憩をはさみながら、エクスは隣町であるアトラにたどり着いた。町の規模はエリーテとそれほど変わらず、畑で汗を流している住民が多く見える。その中の一人が、エクスという見慣れない存在を見つけ、声をかけた。
「あんた、旅の人か」
「ええ。国王から、魔王を倒せと」
「……そうか。あんたみたいな若い人が、ね……。まあ、あんまり無理はするなよ。……そうだ、休む場所が欲しいなら町の真ん中に行くと良い。宿屋がある。一階は酒場だがな。女将には俺から話付けておくから、金の心配はするな」
「どうも、ありがとうございます」
「なに、いいってことよ。戦えねえ俺の代わりに、魔王をどうにかしてくれるんだから、これぐらいはな」
畑で働いていた住民は後ろ手に手を振り、町の中央へと向かっていった。先に宿屋に行って話をつけてくれるのだろう。エクスはその間に少し町を見回ってみることにした。
「……ここにも、警備隊みたいなのはいるんだな」
町を歩いていると、数人の武装した集団を見つけた。彼らは神妙な面持ちで何かを話し合っている。エクスがそれをぼうっと眺めていると、そのうちの一人が視線に気づいてエクスの方を見た。
「なんだ、こっちを見て。……お前、見ない顔だな。それに、その恰好……。旅の者か」
「ええ、国王から魔王を倒せと言われまして」
「そうか。勇敢な若者だな。……これからどこに行くかは決めているのか?」
「ひとまず王都に向かって、大雪原に行くための船をどうにかしようかと。いざとなったら国王に直談判でも」
「……やっぱり、ギルメンを通るのか?」
「そうですけど……。それが何か?」
王都に行くにはいくつかの道があるが、ギルメンを通るルートが最も安全で早い。聞くまでもないことをいちいち聞いてくるということは、何かがあるということだ。エクスが「何故」と尋ねると、男は「魔物だよ」と答えた。
「ギルメンの街は魔物に支配されたんだ。……オーガの群れにね」
「オーガに……」
オーガ。魔王が生み出した魔物の中でもっとも乱暴と言われる種族である。体格は立派で、ほぼすべてのオーガが人間を凌駕している。顔の造形もそれほど人と変わらないが、額から生えた大きな角や、口元からはみ出す大きな牙などが特徴的である。さらに、肌の色も赤や青、緑などで、一目で人間ではないと判別できる。知能はそれほど発達しておらず、食欲と征服欲が行動原理の場合がほとんどである。
「そうだ。大体50体ぐらいの群れで、夜中に街を襲ったんだ。何とか一部の住人が夜襲を逃れて、隠れて反抗しているらしいが、それもいつまで続くやら……。だから、ギルメンに近寄るのはやめておけ。……地図は持ってるか?」
「あ、はい」
エクスが地図を差し出すと、男はアトラを指で示し、そこから道をなぞり始める。
「ここよりも人口が少ないが、マット村ってのがある。そっちを経由する道なら、少し時間はかかるが安全に王都まで行けるだろう。……魔狼ぐらいなら、どうにかできるだろう?」
「ええ、それぐらいなら」
「なら、マット村をたどる道の方がいい。途中で森を抜けることになるが、あそこは強くても魔狼ぐらいしかいないからな」
警備隊の男は、「それじゃ、俺は仕事があるから」と言ってエクスの前から去っていった。エクスは礼を告げ、さらに町の中央へと足を進める。小さな噴水がある広場に出ると、先ほど声をかけて来た住民がいた。
「お、来たか。……ほら、ここだ」
彼はそう言って親指で一つの家屋を示す。二階建ての木造建築は少し古びれてはいるものの、かえって親しみを感じる。
「女将には話しておいた。何泊しても構わねえってよ。……金なら心配すんな」
「どうして、こんなによくしてくれるんですか?」
エクスは、先ほどから気になっていた言葉をぶつけた。顔も名前も知らない旅人に、なぜこれほどまでに親切にするのか。……問われた男は、気まずそうに頭を掻いた。
「……息子に、似てるんだよ」
「息子さんに?」
「ああ。……あんたと同じように、国王に頼まれて魔王を倒しに行った。十年前にな。……帰ってこねえんだ。そんな息子と、あんたが似てる」
「……すみません、そんなことを聞いてしまって……」
「いや、いいんだ。……その代わりに、な。俺の息子の仇を、頼むよ」
震える口でそう言った男は、「悪い、変なこと言って。……じゃ、ゆっくり休んでくれ」と言ってエクスの言葉も聞かずに畑の方へと戻っていった。その背中を見送ったエクスは、両手を固く握りしめた。
「結構いい部屋だな……。あの人には礼を言わなきゃ……」
エクスは女将の案内に従って、宿屋二階の一番奥の部屋へと通されていた。角部屋としての特別な仕様なのか、他の部屋よりも少しばかり広く見える。広さはそれほど気にしないつもりでいたが、いざ立派な部屋に通されると、やはりうれしいものだ。女将は豪放な性格をしており、「好きなだけゆっくりして行ってくれ」と告げて下の酒場へと降りて行った。頼めば食事も用意してくれるという。
「……『金はもらうけど』って……。払わない方が気まずいよ」
エクスは荷物をベッドのわきに置き、防具を脱いでベッドへと寝転がる。程よい硬さがしっかりと彼の身体を支えており、すぐにでも眠くなってしまう。時刻はまだ昼を少し過ぎた程度だが、一休みしてもいいだろう。何よりも、彼の身体には疲れがたまっていた。慣れない恰好での歩き通しは、思っていたよりも体力を奪うものだった。
「……う、ん……。寝ちゃったか」
それから二時間後。少し長い昼寝から目覚めたエクスを迎えたのは、窓から差し込む夕日であった。ベッドから起き上がって伸びをすると、身体の疲れがいくらか取れているのがよくわかる。体の中も活動を再開したのか、腹が大きな音を立てた。
「なんか食わせてもらおう……」
エクスは空腹を訴える腹をさすりながら、金が入った革袋をもって部屋を出た。下の階にある酒場はすでに今日の仕事を終えた者達で盛り上がっていた。大きな声で注文が飛び交い、女将や看板娘が忙しく店の中を走り回っている。
「おや、降りて来たのかい。お腹でもすいたの?」
「はい。……それで、何か食べたいな、と」
「とりあえず、席に座ってから決めな。……メイ!この子の席を用意してやってくれ!」
「はーい!……端っこの席しかないけど、いい?」
メイと呼ばれた女は、この酒場の看板娘らしい。女将の言葉を受け、すぐにエクスの席を用意した。彼がそのまま席に座ると、一枚の木の板をテーブルに置いた。
「メニューはこれに書いてるから、決まったら呼んでね」
エクスが礼を告げるよりも前に、メイは酒を運ぶ仕事に戻っていった。エクスはメニュー表をじっと見つめ、トマトパスタを食べることに決めた。
「あんた、旅の人間だろう?」
注文を済ませて水を飲んでいると、近くに座っていた男が話しかけて来た。右手には焼かれた鶏肉が刺さった串、左手には大きな木のジョッキを持っていた。顔はすでに真っ赤で、随分と出来上がっているようだった。
「はい、そうですけど……」
「今時旅するなんてなあ。やっぱりあれだろ、魔王を倒せって国王様に言われたんだろ?……王様もずいぶん勝手だよなあ。あんだけ金もってんだから、自分で兵隊作って魔王城に乗り込めばいいのによ。こんな若い子に何をさせようってんだ全く……」
「もう、また酔っぱらって他人に絡んで……。奥さん呼びますよ。……ごめんなさいね。この人酔うと誰にでも話しかけるの。町の人はもう大抵話しつくしたから、あなたみたいな旅人は格好の餌食ってわけ」
酒乱に絡まれていたエクスを、料理を運んできたメイが助けた。彼女は彼が頼んだトマトパスタをテーブルに置きながら、小さくため息をつく。……ただ、彼は酒乱に絡まれたことよりももっと大きな問題に出くわしていた。
「……あの、俺は大盛りって頼んだ覚えはないんですけど……」
彼の目の前に置かれたトマトパスタは、小さな山になっていた。具材などもてんこ盛りになっており、かなりの食べ応えになるだろう。困惑するエクスを前に、メイは明るく笑った。
「女将からのサービス。『いっぱい食べて、頑張ってね』って。……心配しなくても、お金は普通のと変わらないから」
「今までで一番腹がいっぱいだ……」
三時間後。とてつもない量のパスタを何とか胃に収め、女将たちに礼を言って二階の部屋へと戻ってきたエクス。膨れた腹があまりにも苦しく、彼はベッドの上でうめいていた。
「あれで500ガリンってのはありがたいけど、毎回こんなになるんじゃ、やばいかもな……」
惑星ガレオンで流通している貨幣はガリンしかない。過去の歴史ではそれぞれの国で違う貨幣が使われていたのだが、ある時を境に統一された。その時とは、魔王が現れた時である。魔王からの侵略から逃れるため、様々な国から住民が逃げ出し、様々な国に移り住んだ。その結果、新たな土地での生活のために、両替をしなければならない機会が増えた。次第にそれは追いつかなくなり、ならばいっそ「世界で貨幣を統一すればよい」ということになったのだ。その価値はパン一個で約200ガリンほどである。
「……ギルメンは通れないとなると、マット村を通るしかないけど……」
腹の調子が良くなったエクスは、ベッドから起き上がって机の上に地図を広げていた。この町の警備隊が教えてくれた道を思い出しながら指でなぞっている。
「……オーガか。俺一人じゃ、確かに厳しい。……けど、ギルメンにはまだ人がいるらしいし、何よりも、放っておけない。これから魔王を倒そうって男が、たかがオーガを前に尻込みしていていいわけがないだろ」
彼は地図上のギルメンを見つめていた。警備隊の話ではオーガの群れに支配されてしまったというが、彼はその地に向かうつもりだった。ギルメンの街で暮らしている住民は、一体どんな思いで隠れて暮らしているのか。きっと、助けを求めているに違いない。
「……決めた。ギルメンに行こう。……オーガなんかに負けるようじゃ、魔王を倒すなんて夢のまた夢だ」
エクスは防具に身を包み、外套を羽織って剣を背負う。下の階に降りると、店じまい後の片づけをしている女将がいた。
「おや、どうしたんだい、その恰好は……。いや、聞くだけ野暮かね」
「結局、一晩も泊まらずに申し訳ない」
「いいよ、あんたにはやることがあるんだろう。あたしには応援しかできないからね。……今度会う時は、魔王を倒した後がいいね」
エクスは女将に別れと礼を告げ、宿屋を後にした。夜の町は月明かりに照らされ、明かりを持たなくとも歩けるほどだった。彼は町を出てギルメンへと続く街道を歩く。ギルメンの街はすぐに見えて来た。王都ミーシェンを除けば、ミシェス王国の中でも一、二位を争うほどの街なのである。そこには王国有数の金持ちであるデルパート一家が住んでいるという。
「あれは、人か?……いや、違うな。あれはオーガだ」
街の入り口には大きな影が立っていた。月明かりに照らされた影は、一目見れば人間だと思えるが、よく目を凝らすとそれが間違いだとわかる。月に輝く角、牙。それはまさしく、オーガの特徴であった。エクスはすぐさま街道の木陰に隠れる。
「……見張りにでも立ってるのか?オーガにそれほどの知能があったとは……。一体しかいないなら、俺でもどうにかできるか……?」
彼は背負っていた鞘から剣を抜き、右手で強く握りしめる。見張りらしいオーガは、眠いのか大きなあくびをしていた。すっかり油断しきっている。
「……今しかない!」
エクスは木陰から飛び出し、ギルメンへと走り出した。オーガはよそ見でもしているのか、エクスに気づく様子はない。
「……何だ、この足音は……」
オーガは、街の中央で行われていた酒盛りを眺めていた。力自慢勝負に負け、見張りの仕事を押し付けられていたのだ。酒を浴びるように飲む同胞を恨めしそうに見ていた彼は、ようやく近づいてくる足音に気が付いた。足音の主を確かめようと振り返ったとき。
「もらった!」
エクスが月明かりの下で剣を振り上げていた。オーガが何か行動するよりも早く、その剣は振り下ろされる。エクスが放った袈裟斬りは、オーガの胴体を肩から斜めに切り裂いた。
「……な、なんだ、こいつ……。敵」
オーガはとっさの判断で敵が現れたことを伝えようとしたが、それよりも早くエクスが剣をオーガの口に突き刺した。剣は喉を貫き、地面に突き刺さる。オーガは一度大きく体を跳ねさせたが、それ以降全く動かなくなった。
「……一体が相手なら、俺一人でもどうにかできるな。……さて、隠れているらしい住民を探そう」
彼は見張りの死体を越え、ギルメンへと足を踏み入れた。月明かりに照らされた街は、もはや廃墟と言っても過言ではなかった。民家の壁は崩され、食料が入っていたであろう木箱も乱雑に破壊されている。誰かが襲われたのか、血が付いた服の切れ端も道端に落ちたままだった。
「ひどい有様だ。オーガめ、なんてことを……」
エクスが街の有様に心を痛めながら歩いていると、街の中央の方から声が聞こえて来た。
「おい、見張りの鐘が鳴らねえぞ。一時間ごとに鳴らす決まりだろ」
「あいつサボって寝てんじゃねえか。……お前、ちょっと見てこい」
「なんで俺が……」
「あいつと負けを争った雑魚だからに決まってんだろ。早く行けよ」
「わかったよクソが。……あーめんどくせ」
どうやら見張りには、無事を知らせるために一時間ごとに鐘を鳴らす決まりがあったらしい。鐘の音が聞こえてこないことから、彼らは見張りがサボっていると判断したようだ。……過程はともあれ、オーガがエクスの方へと近づいてきているのは間違いない。彼は握ったままだった剣を握りなおした。一体程度なら、どうにかなると判断した。しかし。
「何やってるの!こっちに来て!」
突如、エクスの背後からそう声をかけられる。エクスが振り向くよりも早く、左手を引っ張られて壁が崩れた民家の中に引っ張り込まれた。
「な、誰」
「後にして。今は静かに」
エクスの腕を引いたのは、同年代の女性だった。背中まで伸びた綺麗な金髪はひもでくくられて一本にまとめられている。眼は大きくつり目だが、それほどきつい印象はない。彼女を一目見れば、誰もが「快活そうな美しい女性」だと思うだろう。
「……今なんかいたか?……どうせこそこそ隠れてる人間どもか。蠅なら蠅らしく隠れてろ雑魚が」
仕事を押し付けられたオーガは、眼の端にエクスたちを捉えたものの、毎日このような光景を目にしているからか、探そうとすらしない。そのままのしのしと街の入り口へと向かっていった。
「こっちに来て。静かに」
金髪の女性はオーガを見送ると、エクスを手招きしながら先行する。向かった先は何かの店の跡地の裏だった。そこの地面には丸い蓋があり、彼女はそれを開けて下へと降りて行った。穴の中から「ついてきて」と聞こえてくる。エクスは彼女の後を追うように穴へと入り、蓋を閉めた。
「ちょっとくさいけど、我慢して」
彼女は口元を布で覆いながら言う。彼らの視界の先には下水道が広がっていた。いつから置いてあるのかわからないランタンが頼りない光を放ち、夜の下水道をぼんやりと照らしている。足元を見る分には困らないだろうが、いささか不便ではあった。金髪の女性は下水道を何度も往復したのか、慣れた足取りでスタスタと先を行く。エクスは小走りになりながらそれを追いかけた。
「あなた、旅の人間でしょ。何のつもりでギルメンに?」
道の途中、女性が口を開いた。歩く速さが少し緩んでいる。エクスは正直に答えた。
「噂を聞いたんだ。ギルメンがオーガに支配されているって。だから、どうにかできないかと思って」
「どうにか?……どうにかって、どうするつもり?そもそもあなたはこの街の人間じゃないでしょ?私たちを助けてどうしようっていうの?」
「……どうするかはまだ考えてる途中。でも、一体程度ならオーガも始末できたし、一体ずつ釣り出せればどうにかできそうなんだ。……君たちを助けてどうしたいかってのは、特に考えてない。……目の前に困っている人がいて、俺の手が届くなら助けたいと思うのは、それほど変なことかな」
「……随分なお人よしね。……着いたわ」
話しながら歩いていると、いつの間にか目的地に着いていたようだ。彼女の目の前には小さい木の扉が一つ。彼女はそれを背に、エクスの方へと振り向いた。
「名乗ってなかったわね。……私は、フィオナ・デルパート。このギルメンの街の治めるデルパート家の一人娘であり、今はオーガの支配に対抗する組織のリーダーでもある。よろしく」
「フィオナ、後ろにいるのは誰だ。見ない顔だが、この街の人間じゃないだろう」
フィオナが自己紹介を済ませた後、彼女はすぐに木の扉を開き、エクスを中へと招き入れる。中は下水道の汚さからは予想できないほど綺麗になっており、ランタンの明るさと木材の温かさが目に染みる。一階と二階があるが、二階は吹き抜けかつ物置となっており、木箱でいっぱいいっぱいになっているのが下からでも見える。一階の真ん中には大きなテーブルが置かれており、その周りに六人が椅子に座っている。他にも二階に上がるための階段下に置かれたソファには二人。右隣の部屋の扉からは二人が顔を出してエクスの様子を窺っていた。……そのうちの一人、テーブルの周りに座っていた男が立ち上がり、フィオナを問い詰めた。彼女はそれには答えずにエクスの背中を押し、「自己紹介して」と急かす。
「えっと……。俺はエクス・ハーヴェンと言います。ミシェス国王からの命を受けて、魔王を倒すための旅をしているんです」
「……そんな奴が、なんでこの街に?」
「私たちを助けてくれるって。……そうよね?」
フィオナはエクスに念押しするように尋ねる。彼は黙って力強く頷いたが、男は高笑いをし始めた。
「ハハハハハ!お前が⁉たった一人で⁉俺たちを助けてくれるって⁉……馬鹿なこと言ってんじゃねえ!お前一人が何の役に立つんだよ⁉」
「この剣で、力になれるはずです」
「……お前は、オーガの恐ろしさを知らん。ここにはどうやって入ってきたかは知らねえが、あいつらはとんでもねえ存在だ。何かの命を奪うのを、なんとも思っちゃいねえ。……俺の嫁も子供も、あっさり殺されたよ。こん棒で思いきり叩き潰されてな、形すら残らなかった。そんな奴らと戦うって?……頼むから勘弁してくれ」
エクスにかみついた男は、涙を流しながら椅子に座り込んだ。彼はそのまま言葉を続ける。
「俺がここにいるのだって、ただ安全だからだ。……フィオナは戦うつもりなんだろうが、俺は違う。死にたくないんだよ。見張りなんかいなけりゃ、俺はこんな街とっくに捨ててんだ!……悪い、お前に当たるのは違うよな。けど、俺は……。疲れたんだ。……もう寝る」
彼は一人で左隣の部屋へと消えて行った。皆が集まっている場には、彼の代わりに静寂がたむろし始める。フィオナはエクスの方へ振り返り、一言「ごめん」と謝った。
「……いや、俺の方こそ。事情を知りもしないで、適当なことを……」
「外で話しましょ。……みんなには聞かせたくない」
彼女は小声でそう言って、エクスの横を通り過ぎて木の扉を開けた。彼もそれに続いて外に出る。彼女は扉の近くにあった比較的綺麗な木箱に腰を下ろしていた。
「……前からずっと、そうなんじゃないかって思ってたの。誰も、対抗するつもりなんてないんじゃないかって」
「それは、仕方のないことだと思う。……自分の大切な人が目の前でそうなってしまうのなら、なおさら」
「私は、納得できないわ。……『悔しくないの?』って思うの。自分の大切な人が目の前で殺されて、恨みの相手は酒を飲んでゲラゲラ笑って……。私は、そんなの耐えられない。……でも、たった一人じゃ、あいつらには勝てない。どうしたらいいかわからなくて、でも、何もしないわけにはいかなくて。だから私は、さっきあの場にいたの。酒樽に火でも放てば、どうにかなるかと思ってね。そんな時、あなたが来てくれた。……そう言えば、聞いてなかったわね。見張りはどうやって突破したの?隠れて忍び込んだとか?」
「いや、不意打ちで仕留めた。死体は街の入り口に転がってるはず」
「……あなた一人で、オーガを?」
「まあ、不意打ちだけど」
エクスが一人でオーガを仕留めたことを聞いたフィオナは木箱から飛び降り、何かを考え始めていた。「もしかしたら」とつぶやいているのが聞こえる。エクスが「どうした?」と声をかけると、彼女は「いけるかも」と声をあげた。
「いけるかもって、まさか」
「ずっと前から考えてたことがあるの。でも、それには一つだけピースが欠けていた。……『勇気のある戦士』。それは、今私の目の前にいる。……今日はもう休みましょう。作戦は明日の朝、説明するわ。寝床を用意してあげる」
翌日。目が覚めたエクスを迎えたのは、空腹を誘う匂いだった。それにつられて部屋を出ると、テーブルの上には朝食が並べられていた。少し焦げ目がついたパン、沢山の野菜が入ったスープ。そしてこんがりと焼かれたベーコン。十全な朝食と言えよう。エクスがそれを眺めていると、向かいの部屋のドアが開いた。
「起きたんですね。……エクスさん、でしたっけ。フィオナさんからの頼みで、あなたの分の朝食も用意してあります。……満足していただけるかはわかりませんが」
「いえ、そんな。寝床に朝食まで用意してもらって、文句なんて言うはずありませんよ。ありがたくいただきます」
「……そうですか。では、冷めないうちにどうぞ」
右隣の部屋から出てきたのは、丸眼鏡をかけた女性だった。髪は肩までの長さで切りそろえられており、口調は冷静そのもの。彼女はエクスのことが気になるのか、彼が席に着くのをじっと見つめていた。
「……あの、何か」
「あなたは。本当にオーガたちをどうにかできるんですか?」
「……はっきり『そうです』とは言えませんけど……。できる限りのことはやるつもりです」
「たとえ、死んでしまうとしても?」
「……それは」
「いえ、結構です。……冷めないうちにと言ったのに、邪魔してすみません。……フィオナさんたちは、朝の哨戒に出ています。そのうち戻ってくるかと」
彼女はそれだけ言い残して右隣りの部屋に消えて行った。残されたエクスは、彼女の問いを頭の中で反芻していた。
「たとえ、死んでしまうとしても、か……。でも、俺は」
「ただいま。……あれ、起きてたんだ?」
投げられた問いを頭を振ることで振り払い、パンに手を伸ばしたところでフィオナたちが戻ってきた。彼女は素早く手を洗い、エクスの隣に座る。
「ごはん食べたら、ちょっと付き合って。来てほしいところがあるの」
「わかった」
朝食後。エクスがフィオナに連れられてたどり着いたのは、ギルメンの街の最奥にある大きな屋敷だった。屋敷を囲んでいる鉄製の柵は粉々に破壊され、屋敷の壁もいたるところに穴が開いている。かつては人が住んでいたのだろうが、もはやただの廃墟でしかなかった。
「ここには何が?」
「……ここに、オーガの群れの親玉が住み着いてるの。名前は『オーガキング』。私が勝手にそう呼んでる。……昨日話すって言った作戦はこう。オーガキングを狙って倒して、群れを瓦解させるの。……あいつらはそれほど頭がよくない。街を支配するかどうかすらも、キングの言いなり。なら、そのキングさえどうにかできれば、群れは勝手に散っていくかも知れない」
フィオナは屋敷を睨みつけながらそう言った。エクスもつられて屋敷を見ると、巨大な体躯のオーガと目が合った。「キング」らしいそいつは、笑っていた。
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