第三話
直史は俺と同い年の幼馴染だ。
小学一年からうちの道場へ通い続けていた。泣き虫で、馬鹿正直で、諦めが悪い。
俺が辞めればいいと言っても辞めなかったし、何度負けても立ち上がった。
俺とは正反対の人間だ。
だから、アイツのことが少し羨ましかった。
……今だって、その気持ちは変わらない。
勘違いしないよう伝えておくが、俺は直史のことが大嫌いだ。
愚鈍で、馬鹿正直で、頑固で、純粋な性格が心の底から嫌いだ。アイツと話すたびに、心の端がチリチリと焼ける。
友達ってのは、話して疲れない相手のことを言うんだと思う。直史と話した後は、いつも妙に疲れた。
小学生からの付き合いだから仲が良い、なんて単純な話じゃない。
仕方ないだろう、ずっと隣にいるんだから。数えきれないほど喧嘩もしている。
長い年月があれば、嫌でも相手のことはわかるようになる。
だからといって仲が良いわけじゃない。
直史だって、今更俺のことを良い友達だなんて思っていないだろう。
そして、その相手が今から来る。マジかよ。
俺は畳に沈んだまま眠っていたらしい。辺りはすっかり仄暗い橙色に染まっていた。蝉の声はすっかり大人しくなり、帰路へ着くカラスの声とコオロギが鳴いている。
特段耳が良いわけではないが、俺は足音で人を判別できる。
今、まさに。近づいている音を聞いて俺の不快指数は急上昇した。体を勢いよく起こすと、側にタオルが置かれていた。兄貴辺りが気を利かせたのだろう。足はすっかりふやけていた。
そして、足音の聞こえる方へ振り向くと、奴は立っていた。色素の薄い茶色の髪。垂れた目とそばかす。俺より大きい背丈。
「……冴えないツラ」
「そっちこそ。顔に畳の跡がついてるよ」
「うざ」
直史は、学校のジャージを着て、竹刀と大きなバッグを持っていた。軽装の俺とは大違いだ。
「これでも家に帰らないで先に来たんだよ。あんまり虐めないでよ」
「誰も来てくれてなんて言ってないけどな」
俺はタオルで水滴を拭き取って立ち上がると、直史を部屋に招き入れた。直史にとっても見慣れた部屋だ。荷物を部屋の隅に置くと、座布団の上に腰を下ろした。
「緑茶と麦茶」
「いいよ、すぐ帰るし」
「いいから」
「じゃあ、麦茶で」
両親はまだ帰ってきていない。兄貴が直史を家に招いたのだろう。後から茶の一つも出してないのかと言われるのが嫌で、俺は渋々冷蔵庫の麦茶を出した。面倒なので素手で氷をぶち込んでやった。
「ありがとう。喉乾いてたから助かるよ」
直史は麦茶を一口飲むと、困ったように笑った。
そう。こういうところが嫌いだ。素直に言えばいいのに変に遠慮する。俺はお前の遠い親戚か赤の他人か?
……と、この愚痴をいつも仕舞い込んで直史と話している。
「それで?」
英語の単語帳を適当にめくりながら、俺はテーブルを挟んで直史の正面に座った。
コイツと顔を見て話すのは好きじゃない。自分を見透かされている気持ちになる。俺があまりにも顔を上げないから、次第に直史も気にしなくなった。
「試合の結果を、伝えようと思って」
直史が声を振り絞る。
「何故?俺はお前の親でも先生でもないのに」
「友達に伝えるのは変なこと?」
「それなら言いふらせばいいだろいくらでも。クラスメイトなり部活の後輩なり。何で俺なんだよ」
「だって、幼馴染だから。相棒だったろ、だから」
「……キッショ」
単語帳をテーブルに叩きつけて、情けない表情の直史を睨みつけた。それが勝者の顔か。
「俺はお前の幼馴染というだけで、聞かせられるわけだ。いいか?お前の優勝聞いて、心から喜べるほど出来た人間じゃねぇんだよ。つーか、どうでもいい。仮に俺に良いことがあったとして、お前と出会ってから今日まで伝えたことがあったか?」
「別に、祝ってほしいとかじゃない!」
直史は身を乗り出して反論した。
決して怒鳴らない。
だから余計に腹が立つ。
「ただ、聞いて欲しかった。僕らは、一緒に頑張ってきたから」
「中学までの話だろ。高校に入ってからのお前の活躍なんか知らねえよ」
「だとしても、伝えたかったんだ。絆侍との日々があったから、ここまで来れたと思ってる」
「へぇ」
インタビューの言葉に偽りはなかったらしい。最初から疑ってもいなかったが。ここまで来ると怒りを通し越して、呆れてしまう。
「俺は、お前のことを裏切ったのに?」




