第四話
裏切り者。
俺は今でも、その言葉だけは忘れられない。
「…………っ」
俺の問いに直史は答えられなかった。
答えを持ちえなかったのではない。ただの図星だ。
純粋愚直な性格は時に残酷で、言い淀む表情は肯定そのものだった。
「今もそう思ってるならわざわざ関わってくんなよ。ウザすぎ」
「ごめん……」
「つーかさ、」
太陽はゆっくり沈んでいく。直史の俯いた顔に深く影が落ちていた。
「俺が自分の意思で剣道を辞めたのに、大会の報告をしてくるとか嫌がらせか?俺がそれをお前に頼んだのか?今まで何の報告もしてこなかったくせに」
針を一本一本刺すように、俺は言葉を放つ。
「違うよ!嫌がらせじゃない。今回のは特別だったから」
「だろうな。インターハイ優勝。全国で一番だ。てっぺんから見下ろせて、さぞ気分もいいだろうさ。だから、特別なんだろ?」
直史の反論なんて、埃を払うようなものだった。どれだけ正当性を主張したところで、本心が滲み出ている。それを見抜けないほど、俺はコイツみたいに馬鹿じゃない。
「認められたかったワケだ。喜びを共有したいのは、ただの建前。本当は俺を見下したいだけ。昔立てなかった表彰台に立って、優越感に浸りたかっただけだろ」
「何でそんな言い方……っ!」
「それ以外あるか?至極真っ当な感情だろう。普通の承認欲求。これでお前の嫌いなうるさい外野も静かになったんじゃねーの」
「違う、違う……っ、僕は、そんなつもりじゃなくって」
他人の気持ちはわからない。
それでも、俺が直史の立場なら周囲を見返したくなる。
インターハイ優勝なんて、そのための最高の勲章だ。
では、直史の本心は?
そんなもの、知ったこっちゃない。
……お前の感情の捌け口に俺を使うな。
堂々巡りの会話。華々しい優勝報告を台無しにした俺は、そろそろ直史を追い出そうとしていた。
「ほら、もうこんな時間だぞ。帰らなくていいのか」
早く帰れ。両親に報告していないのだから、尚更早く帰れ。
……本当、何で一番に来たんだこの馬鹿。
「うん……ごめん、勉強も邪魔しちゃったよね」
そんな気遣いしなくていい、と胸の中でツッコミながらも直史を立たせた時だった。
「何だ、もう帰るのか」
何の前触れもなく突然奥の障子が開き、涼しい顔をした兄貴が立っていた。
一応伝えておく。俺はこの家の廊下の軋み具合で、誰が歩いているかがわかる。直史が訪れてから、直史以外の足音は聞いていない。
そして、俺は兄貴のことを信用していない。
「はい、遅くまでお邪魔してすみません」
「いいって。今日くらい、絆侍と沢山話したかっただろ」
ちなみに言うと、兄貴は幼少期の俺らをずっと見ている。今の関係など説明するまでもない。
ぎこちない笑みの直史を追撃するように、兄貴は衝撃の言葉を放った。
「そうだ。折角だから今度、絆侍と直史で試合をしてみないか?」
唐突だった。
あまりにも勝手な提案だった。
俺は直史の反応を見ることができなかった。
だから、兄貴から目を逸らせなかった。




