熱意を歌に
ライブの準備を始めてからの日々はあっという間だった。
昼休みの時間は短い。最低限のMCでサクッと二曲を演奏して授業が始まるまでに片付ける必要がある。
夏休み明けのテスト週間後だが、その後すぐに面談シーズンが始まってしまう。俺たち受験生も暇ではない。依織は顧問とスケジュールを交渉したが、確保できたのはたった一日。そこを逃せば中庭でのライブは開催できないとのことだった。
もやしみたいなメンバーを叱咤しながら、四階から一階まで機材を下ろす。一番体力あるのが俺だったから、バスドラムとアンプを運ぶ羽目になった。毎回俺が運んでいる。部活の練習時間に筋トレでも組み込んでおけ。
そして迎えたライブ当日。
トラブルはつきもので朝から雨が降っていた。
「マジかよ……ライブ中止じゃん」
「だからお前は諦めるのが早いって。その辛気臭い顔やめろ」
湿った日に依織の重たい前髪を見ていると余計ジメジメしてくる。俺は以前使っていたヘアゴムを取り出すと、依織の前髪をまとめてポンパドールにしてやった。
「てるてる坊主作れないから、それで」
「八つ当たりするのやめてよ……」
朝、家を出る前に見た天気予報では午後から晴れるらしい。全く希望がないワケじゃない。
「次の休み時間、倉庫にモップ置いておく。雨上がったらステージ拭けるように」
「うん、ありがとう。お前のそういう無駄のないところ尊敬するわ」
「できることやってるだけだろうが」
こんな雨ごときに中止にされて堪るか。
こっちは直史を待たせてんだよ。ここで演奏しなかったら、アイツが俺の姿を見る保証がないだろうが。
嫌でも目に入る場所で演奏してやるんだ。
さっさと晴れろクソが……!!
四時限目の終わり。
カーテンの隙間からほのかに陽の光が差していた。
……いける!!
それに気づいてからは授業の内容なんてさっぱり頭に入ってこなかった。
授業が終わった時のシミュレーションを頭の中で走らせる。まず、教室を出て、中庭の鍵を職員室に取りに行って……五分あれば終わるか?やるしかねえか。
あと三十秒……さっさと授業終わらせろボケ……っ
教師がようやく教科書を閉じた。チャイムと同時に号令がかけられる。俺は礼をすると、机の上を片付けずに、廊下へ飛び出した。職員室は廊下の突き当たりだ。
「失礼します!!三年一組の友野です!!軽音部で使用する中庭の鍵を借りに来ました!!」
職員室にいた先生方がぎょっとして俺を見た。声のボリュームを完全に間違えた。顧問が爆笑しながら俺に鍵を渡す。
「お前、運動部じゃないんだから」
「元なんで、つい。ありがとうございます」
倉庫前には既にメンバーが集まっていた。全員走って来たらしい。依織も肩で息をしていた。
「コーラスのお前が息切らすなよ」
「だって、嬉しくて気づいたら走ってて……っ」
「バッカじゃねえの」
後輩にモップ掛けを依頼し、俺と依織で倉庫にしまっていた楽器を廊下へ運び出した。二人で手際よくドラムセットを組み立て、近くのコンセントから延長ケーブルを引っ張って来た。
「ステージ綺麗になりました!!」
「よし、運べ!!」
セッティングは全員手慣れたもので、あっという間にスタンドやアンプが定位置へ置かれていく。
中庭のドアを完全に開放し、水たまりに入らないように三角コーンを置いた。これならステージ正面にも観客を確保できる。
開け放たれた廊下の窓は、俺たちが中庭で準備している音を、校舎中へ響かせていた。次第に二階から四階までギャラリーが集まってくる。
俺はマイクを手に取ると、テストを終えた後に空に向けて声を放った。
「これより、軽音部のライブを始めます!!一階中庭は観客席開放してるので、自由に出入りしてください!!」
数分経たないうちに、中庭に大勢の生徒が押しかけた。入りきらない生徒は廊下で立ち見をしている。見上げれば、どの階も人で溢れていた。
俺はギターを持ってマイクの前に立った。隣の依織も準備ができているようだ。
女子の固定ファンがいて、俺たちを見て黄色い声をあげていた。曲聴いてから騒げっての。
「髪切ったから失恋じゃないかって言われてたよ。色男は大変だね」
「んなワケねぇだろ、バーカ」
メンバーが全員定位置につく。観客も静かに演奏が始まるのを待っていた。
依織の目配せで、ドラムのカウントに合わせて俺は勢いよくギターを奏でた。
一曲目はカバー曲。イントロからギターのソロがいきなり始まる。三年間練習しただけあって外さなかった。
Aメロはベースとボーカルがメインの曲調で、依織の音色を引き立てるようにギターを掻き鳴らす。俺の声に合わせて、コーラスの依織が上ハモを重ねていく。
デュエットでもあり、依織がメロディーを歌う時は俺がコーラスを歌った。
あれだけ息切れしてたのに、今日はちゃんと声出てんな。
間奏を挟むごとにボルテージが上がる。この曲は技量で殴りつけるような部分があった。素人でも、今演奏しているメンバーのレベルがどれだけ高いか伝わるくらいだ。
別に巷を賑わせた曲でもない。インディーズのバンドの曲だ。それでも観客はリズムには抗えない。
サビの手前で主旋律がベースからギターに切り替わる。サビの爆発を焦がれる観客を見るのはいつだって気分がいい。
そうだ、踊れ。みんなが踊り狂えばいい。
サビの第一声で観客が手を振り上げて沸き立った。歌詞なんてどうせ大半は知らないけど、キーワードは伝わるように語りかける。
俺は依織に目配せをして、サビの後半を譲った。目を丸くして驚いていたが、声を張り上げて歌い上げてくれた。その様子が伝わったようで、メンバーも観客も笑いながらライブを盛り上げてくれている。
大会のホールのような音響じゃない。狭くて音が籠ってるし、蒸し暑くて最悪だ。
それでもこの空間、瞬間が心地いい。
俺があの春の日、目を奪われた場所に立っている。
たくさんの視線を浴びながら、めちゃくちゃな歓声が湧き上がる。左右バラバラに振っている手も、小さく口ずさんでいる観客も、全てがこの音楽を作り上げている。
……最高の景色だ。
同じ歌詞をメインボーカルとコーラスで紡ぎながら、依織がニヤリと笑う。歌詞の中で一番俺に伝えたかった言葉を受け取り、二人で力強く歌った。
この数行を伝えたいがために、難易度の高い曲を選ぶなんて……アホかコイツは。
ラスサビを迎える頃には、廊下の窓は全て人で埋め尽くされていた。集客は完璧。このまま二曲目まで全員連れて行ってやる。
俺たちは一曲目をミスなく演奏し終え、会場は拍手に包まれた。次の演奏を待ち侘びる観客を前に、依織がマイクを持った。
「次は、新曲を演奏します。俺と絆侍の二人で作詞した、軽音部卒業の曲です。上手くいかないこと、苦しいことがあっても諦めないでほしい。限られた時間の中で、ありのままの自分を好きでいてほしい。そんな想いを込めた曲です」
依織の声が震える。MCが苦手なのに、今日は珍しくいつもより話している。
「受験生だけではなく、全ての頑張っている人に送ります。聴いてください『moratorium』」
春の日を想起させるような、キーボードの優しい音色が響く。激しい一曲目とは一変、静かな雰囲気に全員が引き込まれていた。
静かな曲のボーカルは緊張する。少しでも声がブレたり音を外せば、すぐに目立つ。
これは俺と依織で考えた歌詞だ。俺たちの言葉だ。
高揚している体を落ち着かせるように息を吸い込むと、俺は柔らかい声で歌い出した。
今度はノリとリズムじゃない。メッセージを届ける音楽だ。
言葉の強さに合わせて曲調が変化していく。盛り上がる曲ではないのに、全員が俺たちに釘付けになっていた。こんなド素人の歌詞が劇的に感動するはずがない。それでも、この緊張感が保たれているのはメンバーの技術と、依織の構成力だった。
言葉の一つ一つに丁寧に想いを乗せながら、俺は顔を上げた。二階の窓。必ずどこかにいるはずだ。
……直史。
目的の人物は、二階の窓の真正面から俺を見ていた。
視線を向けると、直史は目を逸らさなかった。
それでいい。そこで黙って聴いてろ。今から俺が全部伝えるから。
全ての音が消え、ギターボーカルだけのソロが訪れる。ギターを奏でながら、俺は掠れた声で言葉を紡ぐ。
足踏みしている人の背中を押せるように。
自分を愛せるように。
熱意を抱えて生きていけるように。
サビには簡単なフレーズを選んだ。それを何度も繰り返す。観客が一緒に歌えるように。
進め。描け。
ソロが終わり、観客を煽りながらサビを繰り返し歌う。
進め。描け。
少しずつ観客の声が大きくなる。中庭の観客が歌い始めた頃、俺は二階……直史目掛けて煽るように手を振った。
「もっと声出せ!!」
俺の声に応えるように、うろ覚えの歌詞をみんなが歌う。二回、三回、繰り返すうちに、直史の口が開いた。
俺はここで楽しくやってる。俺の道を歩めてる。
後悔はないし、もうお前の楽しさも妬まない。
……もう、俺たちは前を向いていいんだ。
ふと気が緩んで、片目から涙が溢れた。動揺の声が聞こえるが、俺は掻き消すように声を張り上げた。
せっかく盛り上がっていた歌声が小さくなる。
何やってんだ俺は、泣く時じゃねぇだろうが。
涙を拭いながら、立て直そうとした時だった。
進め、描け。
窓の手すりを掴んで身を乗り出しながら、馬鹿みたいに叫んでいる奴がいた。音程だって若干外れている。それでも、道場で飽きるほど聞いた声は、笑ってしまうほどデカかった。
その声に合わせて再びみんなが声を揃える。
……お前だって泣いてんじゃねーよ、ばーか。
依織の合図に合わせて、ラスサビを歌う。新曲とは思えないほどの盛り上がりを見せて、俺たちは最後の音を奏でた。
二階に向けて拳を突き上げる。
昔、大会の後に付き合わせた拳のように、あいつは俺よりも大きな拳を突き出した。
俺たちはぺこぺこと頭を下げながら、慌ただしく撤収した。サビを繰り返しすぎて、時間ギリギリになってしまった。MCで余韻を語る暇もなく、急いで楽器を倉庫に押し込んだ。生徒たちも駆け足で教室へ戻っていく。
「はぁ……終わっちゃった。ふふ、今まで観客に呼びかけることなんてしなかったのに、どうしちゃったの」
依織が肘で俺を小突きながら笑った。
「別に。日差しが強いから、ちょっと熱くなっただけだっての」
「素直じゃないなぁ。天気がいいから雨も降らなかったね。少なからず俺のところには」
「……うっざ」
廊下の向こうでは、まだ誰かが「進め、描け」と口ずさんでいた。
それだけで十分だった。
こうして、俺の軽音部の活動は終わった。
追われるように受験シーズンへと突入し、再び春が訪れようとしていた。
次回、最終話です。
7月10日20時10分投稿予定




