俺が続けたいこと
夏休み明けの始業式。
クソ暑い体育館で床に座らされながら、俺はステージに上がった直史を見ていた。
校長によるインターハイ優勝者の紹介と、直史の簡単なスピーチだった。ぎこちない笑顔を貼り付けながら、噛みまくりの情けないスピーチを聞かされた。あんな情けない姿を全校生徒に晒されるくらいなら、結果だけ口頭で発表するのが、一番本人の名誉が守られる気がした。
まぁ、情けないアイツらしい。
うちの学校は活発だが、インターハイに出場できる生徒はほとんどいない。全校生徒が直史の名前を覚え、アイツに注目した。
「すっかり人気者だね。俺たちだって準グランプリ獲ったのに、添え物だったもんね」
「そんなもんだろ。日本一の剣士様には敵わねえよ」
昼休みに教室を訪れた依織が、廊下の喧騒を横目で見ながら紙パックのジュースを飲んでいた。
「密かに女子人気高いもんね、彼。性格も優しいし、捕まえるなら今のうちってやつ?」
「さぁな。興味ねーわ」
依織はノートに、カバー曲と新曲の曲名をスラスラと書き、どれにする?と小さくメモを添えた。
「カバーはお前が選べよ。好きにしていい」
「絆侍はもう一回やりたい曲ないの?」
「別に。ほとんどお前の趣味だったろ」
カバー曲の選曲はほとんどが依織の好みだった。たまに後輩たちのリクエストを演奏したこともあったが、俺は練習の題材になれば何でも良かった。
「じゃあ、コレにしようかな。今回のステージは僕ら二人がメインだからね。……少し早めの卒業だ」
依織は何かと、踊るような曲が好きだった。
肩の力を抜いて、馬鹿みたいに体を揺らせる曲。
しがらみも緊張も、音の中に放り投げられるような曲。
「あぁ、これ……」
依織が選んだのは、軽音部で知り合った翌日に、俺の机の中に譜面を突っ込まれた曲だった。上級者向けのテンポの速い曲。ギター初心者の俺に向けて、依織が投げつけてきた挑戦状だった。
「その曲、これからの軽音部での三年間が楽しいと思えたら、俺と一緒に弾いてよ。約束だよ」
そんなことを言われた記憶がある。
「俺と絆侍の技量も問題ない。君との最後は、コレとオリジナルの二曲がいい」
しんみりと依織が語る。
卒業まで半年もあるのに、この真夏にする顔じゃないだろと思った。
「卒業式はまだ先だろうが。最後って何だよ」
「はぁ?だって、君と音楽ができるのはこれで最後だろ。受験で忙しいんだから」
「受験が終わった後でも、卒業後でもいつでもできるだろ」
「えっ……?」
依織の手から滑り落ちる紙パックを反射で受け止める。
「お前っ、何して……」
「部活以外でも、俺と、音楽を続けてくれるの……?」
「別に、物理的に不可能じゃなければ、俺は続けてもいいけど」
嫌いじゃないものを区切りをつけてやめる必要もない。これは剣道と違う。趣味として続ければいい。
当然のように続けると思っていた奴もいれば、最初から俺が続けないと諦める奴もいる。
……全く、言葉にしないと何もわかんねえな。
「ご、ごめん。俺、勝手に諦めてたから、ちょっと泣く……」
依織は急いで机に伏せると、鼻をグズグズ鳴らしながら泣き始めた。俺が泣かせたみたいで最悪だから、ティッシュを押し付けて泣き止ませた。
「最初は続ける気なんてなかった。でも、お前と演奏するうちに、もっと上手くなりたい、沢山の音楽に触れたいと思うようになった。……何より、お前の隣は居心地が悪くない」
紛れもない本心だ。
コイツを納得させるのに、これ以上の言葉が思いつかなかった。
「ねえ、それ、次のライブが終わったらもう一回聞かせてよ。今じゃもったいない」
「……別にいいけど」
依織は涙を拭うと、中庭のセッティング図を書き始めた。当日までのスケジュールを立て、機材の運搬日や搬入先、導線までも一枚の紙にまとめていく。
何かに火がついたようだった。
「よし、これでいい。放課後、顧問と相談してくる。絆侍は、ちゃんと練習してて!!」
「わ、わかった……」
依織は一方的に会話を終わらせると、涙ぐんだ目で教室を去っていった。
残された俺は、シワのついた古い譜面をクリアファイルから取り出し、眺めていた。
カバー曲は恐らく、依織が俺との始まりを、最後にもう一度鳴らしたかった曲。
オリジナル曲は三年間の集大成。俺たちの言葉を表現する曲。
どちらも主旨が異なる。俺の歌い方も変わる。
上手く歌い分けて、表現してみせる。
この三年間に悔いがなかったと証明するために。




