【最終話】青春モラトリアム(完結)
「よぉ。推薦サマは気楽でいいな」
「最後まで嫌味言うのやめてよ」
卒業式。
かったるい式を終えて、俺は愛想笑いを浮かべている幼馴染の背中を叩いた。
直史はインターハイの結果もあり、全国の大学から声がかかった。推薦で合格が決まり、俺のような私立・国公立大受験組とは違うスケジュールだった。
卒業生の大半が、合否の不安を抱えている。
「絆侍なら大丈夫だって。落ちないよ」
「絶対はないだろうが」
「ううん。絶対大丈夫だって。心配してない」
「お前に心配される覚えもねぇから」
「それもそうだね」
少し離れた場所で互いの両親が思い出話に花を咲かせていた。大半が幼少期や中学の話だ。
「面白いよな、俺たち高校生になってからほとんど話してねえのに」
「うん。親たちには関係ないんだろうね」
あれくらい何も気にせず話せたらいいのに、俺と直史の間には壁があるようだった。
いや、壁を作っているのはお互い様か。
一年と二年は別のクラスだった。
三年は同じクラスになったが、互いに変な意地を張って会話は最低限だった。
たまに一緒に帰ることもあった。剣道の話にさえ触れなければ、俺たちは普通に会話ができた。けど、それは世間一般の言う普通の友達とは違ったのだろう。
そもそもコイツは友達ですらない。
今だって話していて少しイラつく。
「直史。前から言いたかったことがあんだけど」
「奇遇だね。僕もあるんだ」
直史の顔から笑顔が消える。コイツは垂れ目垂れ眉、一見優しそうだが、やや三白眼気味の大きな瞳は時折恐ろしく見えた。
卒業式の喧騒の中、俺たちは静かに向き合った。
まるで試合の時のように、互いの出方を伺いながら口を開いた。
「お前のことが嫌いだ」
「君のことが嫌いだ」
ほぼ同時だった。
今更言葉にするほどでもない、当たり前のこと。
「気弱で八方美人なところがクソ嫌いだ」
お前がヘラヘラする必要はどこにもなかった。
周囲の人間が、環境がお前をそうさせた。
それを享受したお前が嫌いだった。
「ずっと乱暴な言い方をするのが嫌いだ」
直史が俺の悪口に反抗するように言い返した。
「クソとかボケとか、すぐ文句言うのやめた方がいいよ。強い言葉で萎縮する人だっている。君の品性を損ねることにも繋がる」
「先生かよ。そうやってすぐ説教するところも嫌い。他人に理想を押し付け過ぎなんだよ」
今日の直史はいつもと違った。
しっかり言い返してくる。今までは吃って、相手にすらならなかったのに。
「誰かに言われなきゃ一生わからないままだろ?僕は絆侍が可哀想な人になって欲しくないだけだよ」
「はぁ!?可哀想!?お前にそんなこと言われる筋合いねぇから。大体、誰とも本音で話せないくせに説教垂れるとか論外だろうが。お節介だっての」
「うっ……」
「あっ」
直史の言葉が詰まる。マズイ、言いすぎた。
「……悪い、今のはその、勢いで」
「僕も絆侍くらい本音で話せたら友達できるかな」
「お前、俺の友達の少なさわかってて言ってたら殴るぞ……?」
「違う!!これ悪口じゃないから!!」
声に出さないけど、コイツの悪口。
天然で人の神経を逆撫でする。
これは誰が言っても一生治らないだろ。
「……やめだやめ。嫌いじゃなかったら、俺らはもっと上手くいってる」
「そうだよね。遠回りしすぎちゃったなぁ……」
馬鹿みたいな偶然の積み重ねだった。
たまたま直史が俺の家の道場に通い始めて、たまたま小学校の校区が同じで、中学も同じで。
本当の本当にたまたま、中学が剣道の強豪校で。
互いに剣道以外選びようのない道程だった。
高校に関しては、進学校だから俺はここを選んだし、直史は剣道のために選んだ。これも偶然。
分岐点がようやく訪れた。それだけの話だ。
「春から絆侍がいないと思うと、変な感覚なんだ。ほら、新学期とか困るからとりあえず知り合いに話しかけるだろ?それが出来なくなるんだなぁって」
「ただ単に都合の良い人間がいなくなったって言ってるだけだろうが。お前のコミュニケーション能力が足りてねえんだよ馬鹿」
「また馬鹿って言った。これでも毎回傷ついてるんだよ」
「傷ついてる奴は傷ついたって言わないし、十数年も俺に粘着しない」
「粘着とか嫌な言い方しないでよ!!絆侍は俺の憧れだったんだから。尊敬してたんだよ」
仮に俺たちの関係を友達とした場合、憧れや尊敬なんて言葉は出てこない。友達に憧れはない。
自分が直史にとっての偶像でしかなかったのだと、つくづく思う。噛み合わないワケだ。
「俺はお前のアイドルじゃねぇから。お前は俺の家に殴り込みに来るようなファンだから、最悪」
「だって、絆侍が何も言わないから」
「何も言わなかったことが、家に押しかけていい理由になるかボケ。他責にもほどがあるわ」
説教を垂れるのは反対だが、こういう部分は直さないと将来的に怖い。コイツが。
「何でストレートに話すのに、あの時は僕に話してくれなかったの?」
「全てを打ち明けるのと、本音を話すのは違うんだよ。俺はお前の家族か」
「家族くらい一緒にいたのに」
「……だから、それは家族じゃなくて他人だろうが。国語の勉強してきたか?」
「ごめんって」
本当に調子が狂う。
よくこんなに何も考えず喋れるな。
周囲が記念撮影を撮ったり、卒業アルバムの余白にメッセージを書き合っている間にも俺たちの問答は続く。
「……夏休み明けのライブ」
気まずそうに言葉を紡ぐ直史。
夏休みの……って、いつの話をしているんだコイツ。
「ずっと、感想を伝えられていなかったと思って」
「はぁ?感想?伝えてただろうが」
「えっ、だって、僕一度も喋ってないのに」
俺は直史の前に拳を差し出した。
「コレ。返してくれただろ」
「あっ……」
「あんなのいちいち言葉にしなくていい。お前が歌ってくれた、涙を流してくれた、それで十分」
「だ、だってそれは!!」
直史は突然、俺の拳を両手で掴んだ。
よほど何かを伝えたいのか、正直手が痛い。
「嬉しかったんだ、絆侍が楽しそうだったから。俺、ずっと一緒に剣道やってたのに、あの姿を見れなかった。嬉しくて、悔しくて……だから、剣道を辞めた絆侍のことを恨んでいた自分も許せなくて、それで」
「何だそれ、保護者か。つーか、置いていかれたのは事実なんだから自分のこと責めなくていいだろ。お前の言う通り、一言言わなかった俺が悪かったよ」
直史の実力を信じて何も言わなかった結果、過去の俺が無駄にコイツを苦しめた。
本来なら心の底から喜べる優勝の感動を、俺が奪った。
「俺も純粋に剣道を楽しんでるお前が理解できなくて、ずっと妬ましかった。それが筋違いだって気づいてたのに、お前を遠ざけた」
「でも、それは僕を傷つけるからでしょ?だから、絶対に話題に出さなかった。僕らは多分、さらに喧嘩をしてしまうから。ライブの曲もちゃんと伝わってたよ」
幼馴染だから。よく知ってるから。
俺たちの間の無敵の免罪符だった。
これがあればどれだけ相手を殴ってもいい。年を重ねるごとに手加減を忘れていった。
「もっと、君の姿を見ておけばよかった。それが一番の後悔だ」
直史は一度もライブに訪れたことはなかった。
裏切者のライブなんて見たくもなかったのだろう。
もっと早く、伝えられたら。
……なんて思っても全て遅い。
「俺も、お前の活躍を応援すればよかった。勝ち上がると信じていたけど、結果を確認して、試合を見に行って、声をかけるべきだった。ずっと、頑張っていたのを知っていたのに」
「でも、」
直史がふと手を離して、微笑んだ。
春風が吹くような、爽やかな笑顔だった。
「前に進まなきゃ。僕たちは、もう過去に囚われない。そうだろ?」
「……はっ、誰の受け売りだよ」
「世界一口が悪い天才!!」
あの日のように、俺たちは顔を見合わせて涙が出るほど笑った。
思惑の違いなんてない。
心の底から笑った日だった。
春から大学生になることに決まった俺は、ようやくあの古臭い家を脱出した。
小さなワンルーム。本棚の上には真新しい額に入れられた写真が飾られている。
大学でもサークル勧誘は盛んで、色んな人に声をかけられる。俺は依織とバンドを続けるつもりだったから、断り続けていた時だった。
「ねぇ君、剣道部に興味ない?」
俺の進学した大学は、剣道部に力を入れていなかった。大会でも殆ど見たことがない。
アイツは大学でも頑張って続けていくのだろう。
そんなことを思いながら、看板を持った先輩に言葉を返した。
「昔やってただけなんで」
そう言って、俺はギターケースを背負い直した。




