第二十六話
「お前は最高のボーカルだけど、思いを乗せればもっと人の心を動かせる。これは、今週の大会とは別の曲だけど、感情を詩に乗せる練習ってことな」
「わかってるって」
二人でチョコレートパフェを食べながら、フレーズをノートに書き連ねていく。
今日、ここで歌詞を完成させてしまえば、明日の練習は全て大会の曲に専念できる。
バンドのことは全部依織に任せている。アイツがメンバーのコンディションを確認して、この日程で大会に臨めると判断したのなら、それで問題ないのだろう。
「スケジュールは気にしなくていいよ。今は目の前の歌詞に集中して」
依織はグラスの中のコーンフレークとクリームをかき混ぜながら、上目遣いでこちらを見た。
「人の頭の中を読むのをやめろ」
「読んでないよ、顔に書いてあるだけ」
「……はぁ」
最後の一口を食べると、俺はペンを持ちながら頬杖をついた。
「ちなみに曲ってどういう系?もう作ってんの?」
「うん。泥臭い青春ソングだよ。絆侍の作る歌詞的に真っすぐで飾らない感じがいいかなって」
「ふーん」
俺と依織の三年間を込めた曲。俺の独りよがりな歌詞じゃだめだ。
前を向け。振り返るな。泥に塗れても。自分の道を行け。
思いつく言葉を並べると、依織はにやけながら眺めていた。
「そうそう。俺も絆侍も、自分の道を選んだ側だから。これは伝えたいよね」
俺は長年続けた剣道を捨てて、自分が本当に好きだと思えるものを探すために。
依織はみんなが心の底から楽しめる音楽を自分の手で生み出すために。
楽しさを探求する点において、俺たちは似たもの同士だった。
依織がノートの言葉に丸をつける。
自分の道を行け。
「自分の道」を「お前の道」にするか、「君の道」にするか。
では、道は?季節は?どんな風が吹いていて、何色の空か。
依織は、連想ゲームのように言葉を呟いては枝のように広げていく。
「……これを聴いた人が、自分自身を信じてほしい。可能性とか将来とか」
俺だって、自分の選択が正しかったのか未だにわからない。
でも、俺がわからないことなんて、どうせ周りもわかってないんだ。馬鹿みたいに塞ぎこんで悩むくらいなら、一歩でも前に進むほうが有意義だ。
三年間もいがみ合った俺たちみたいに時間も心も無駄にしてほしくない。
誰かの背中を押せる歌詞がいい。
「否定されたり、困難なことも多いけど、諦めないでほしいよね」
「あぁ。それで結果を残した奴がいるからな」
「……そうだね」
依織はよく俺を茶化すが、珍しく何も言わなかった。
互いに頭に浮かんだ人物は言葉にしなくてもわかっていた。
単語から文へ。少しずつ形を成した文字をペンでなぞりながら、依織は鼻歌を歌う。
『進め 荒波を越え 自らの光掴め
焦がれた遥かその先へ
描け 自由な筆で 泥に塗れたとしても
刻む 僕らの モラトリアム』
「ほら、歌詞になった!!」
「どっから出てきたモラトリアム」
「え?だって、今の俺たちモラトリアムじゃん。絆侍、授業で教わらなかったの?」
「いや、知ってるけど。ここで出すのかよ……」
「うん。俺にとっての万能の海は、モラトリアムのことだからね」
「なっ」
盛大な例え話は作詞のために撒いた種だったワケだ。
悔しがる俺の手をペンで軽く叩いて、依織が得意げに笑った。
どうやら、一本取ったと言いたいらしい。
「真っすぐな歌詞、嫌いじゃないよ。この調子で残りも埋めていこう」
高校一年の春を思い返す。
新しい風が吹いているのに、どこか気に食わなかった春の空。
周りは真新しい制服を着て背筋を伸ばしているのに、何故か自分はひしゃげていて。
過去の噂話は払っても落ちない埃のようにまとわりついてきた。
そんな自分の胸を打った音。受け入れてくれた人たち。
がらんどうの自分に居場所を与えてくれた仲間がいた。
一人でずっと孤独に頑張ってきた俺は、周囲に支えられることの大切さを学んだ。
初めてコードを間違えた時、誰も失望しなかった。音が外れれば笑われたし、リズムが崩れればやり直しになった。
それでも、次はこうしようと誰かが言った。
バンドは一人で成り立たない。下手でも、不格好でも受け入れてもらえる。正解のない表現の世界に救われた。
憧れは時に嫉妬の裏返しで、人間関係に溝を作ってしまったけれど。
憧れを素直に認めることを覚えた。
手に入らないものの尊さを知り、粗雑な感情で片付けることをやめた。
現在を生きている。俺も、直史も、依織も。
俺らだけじゃなく、みんなが前に進もうともがいている。
自由で不自由な時間の中で。
依織が書くよりも先に、俺が歌詞を書き始めていた。過去を振り返るだけで、ペンが止まらない。依織の言葉に感化されて、少し洒落た言い回しも歌詞に含めてみた。
「……君は本当に天才だなぁ。できないって匙を投げる姿もほんの少し見てみたかったのに」
「やれと言ったのはお前だろ。人の期待に応えるのは散々やってきたからな。舐めんな」
「ごめん、意地悪じゃないよ。やっぱり君の言葉が好きだなって話」
依織が体裁を整えていく。
かれこれ俺たちがファミレスに集合して、四時間。
一週間以上白紙だった歌詞カードはようやく二人の言葉で埋め尽くされた。
「明日は、細かく練習するから今日は早く休んでね。あと、熱中症対策もしておいてね。本番は制服での出演になるから暑いと思う。宿泊先で慌てて買いに行くのも面倒だろうから、今のうちに用意しておいてよ」
「オカンか」
「君みたいな捻くれ者を生んだ覚えはないかな」
じゃあ、また。と依織は手を振って去って行った。
割り勘で貰った小銭を握りしめながら、俺はその背中を見送っていた。
俺は今、これだけ言葉を出しても、表現し尽せない高揚感に駆られている。
早く、今の俺の歌声を聴いてもらいたい。
雲に覆われていた空が一気に晴れていくような心地だ。
じっとしていられなくて、俺は家に向かって走り出した。
この熱が冷めないうちに、ギターを握りたくて。




