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第二十二話

「ありがとう、ございました……」


 太陽が真上から僕を照らしている。

 絆侍のお兄さんに見送られて、僕は玄関で頭を下げた。

 いくつもの言葉が頭の中で渦巻いている。


「大丈夫かい?顔色が……」

「だ、大丈夫です!!ちょっと、びっくりしただけなので……」

「まぁ、アレは確かに……」


 お兄さんが苦笑いを浮かべた。僕もつられて笑う。


「しかし、あんなに噛みつくとは思っていなかったなぁ、絆侍の奴。ヘコんで少しは大人しくなると思っていたんだが。嫌な思いをさせてすまない」

「いえ……僕は、気も口喧嘩も弱いので」

「そうか?俺は絆侍がそこまで卑怯な奴には見えないが」

「……っ」


 僕が絆侍に少し怯んでいることを見透かすように、お兄さんは笑った。


「アイツ、直史に対する当たりだけは異様に強いんだよ。家族にもあそこまでは噛みつかない」

「……」

「でも、あれは心を許してる証拠でもあると思う。絆侍は、本音を言うのが下手だからな。自分のことを話す前に、相手の心を暴きにいく」


 確かに、絆侍は僕のことをよく理解していた。

 僕が絆侍に隠したがっていた感情も、全部覗かれているようだった。


「攻撃は最大の防御と言うだろう?アイツは昔から、傷つく前に先に噛みつく。剣道でもそうだったはずだ」

「確かに……」


 かつての絆侍の剣道は攻撃的だった。団体戦で先鋒として出場した時、大将まで一人で倒して帰ってきたことがある。体力がない絆侍は、持ち前の速さと技のキレで短期勝負を決め続けた。相手は絆侍が速攻を狙ってくるとわかっていても、駆け引きの上手い絆侍を攻略することができなかった。平均と比べても小柄な選手なのに。


「アイツもきっと、直史との剣道で感じたことがあったんじゃないか。じゃなきゃ、ここまで攻撃してくる理由がない。きっと、アイツはあの状況で最後の悪あがきをしたかったんだよ」

「そう、かもしれないです……いや、そうだと思います」


 絆侍は真剣に僕と向き合ってくれていた。

 あんなに必死な絆侍を見たのは初めてだった。


「直史のことを心の底からどうでもいいと思っているなら、アイツは今日の試合の場に現れないし、一週間も死に物狂いで特訓なんかしない。あの態度は全く褒められたものじゃないが、アイツなりの筋の通し方だろう」

「流石、お兄さんは絆侍のこと何でもわかってるんですね」


 僕は、ずっと絆侍のことを理解できなかったのに。


「……アイツの兄貴だからな」


 お兄さんと別れて、緩い坂道を下る。

 防具袋が重い。手の中にはまだ竹刀の感触が残っていた。

 戦いに勝利したのに、僕の足取りはちっとも軽くなかった。

 

 やっぱり、絆侍は本当に天才だった。剣道を辞めて試合に出てすらいないのに。

 確かに、現役の時と比べて劣る部分はあった。それでも僕は単純に読み合いに負けた。反応すらできなかった。互いの癖を知っていたはずなのに。

 僕の憧れた絆侍は、確かに存在していた。

 あぁ、君の気持ちを知ったのに勿体ないと思ってしまう。

 狡い。僕から見れば、君はいつだって器用に見えた。

 実力は僕の方が上だ。それはわかりきっていた。証明もされた。

 それでも、僕は絆侍に届かないや。


 零れそうになる涙を必死に堪えた。

 今日は雲一つない青空だ。太陽が眩しくて仕方がない。

 こんな昼間から泣いたら通行人に笑われてしまう。家まで我慢しないと。


『喜びたいなら素直に喜べよ』


 一歩。歩くたびに絆侍の声が聞こえる。

 嬉しかったさ。君の隣に僕は立ちたかった。

 同じくらい強くなりたかった。隣で胸を張りたかった。

 ライバルになりたかった!!

 だけど、君を傷つけたくなかった。


『別の感情を言い訳にして誤魔化すのが気持ち悪いんだよ!!』


 絆侍を傷つけてしまうことは、戦う前からわかっていた。

 それでも、僕は試合を拒まなかった。

 僕の優勝報告を嫌がる君に現実を突きつけたいと思った自分がいた。

 君を負かしてでも、僕の実力を認めて欲しかった。

 ……嫌な奴だな、僕は。自分勝手で最悪だ。

 こんなにも矛盾してるのに、結局傷つける選択をしたじゃないか。


 自己嫌悪で胸の奥が潰れそうになる。

 今更、後出しで僕のことを認めてただなんて言ってくる絆侍も悪い。

 でも、刃を突き立てたのは僕だ。春の日に絆侍を刺して、傷を残した。

 絆侍という逃げ道を失った僕は、故意に君を傷つけた。そう言われても、否定しきれなかった。

 絆侍がいたから、僕は挫けずに頑張れた。

 君と頑張った日々があったから、僕は剣道を好きでいられた。

 でも、過去の苦しみは僕の心に染みついている。

 今でも、他人の評価が恐ろしい。思い出すだけで胸が苦しくなる。


 額から流れる汗を手で拭う。手首には絆侍につけられた爪の痕が残っていた。

 崩れ落ちた絆侍の姿が目に焼き付いている。

 あの意地とプライドで立っている絆侍が、膝をついていた。

 絆侍の勝負に勝ったのは嬉しかった。

 昔の僕を救いたかった。

 でも、きっと昔の僕はあの姿の絆侍に勝っても喜ばないだろう。

 汗ばんだ手に残ったのは、空虚だけ。

 僕は、まだあの表彰台の延長に立っている。


 僕は家に着くと、荷物を適当に床に投げ捨てて寝転んだ。

 涙を流さずに家に帰ってきただけでも、成長したと思う。


『お前に今の俺を見せてやるから、待ってろ、ボケ』


 あの日からずっと、軽音部に入部した絆侍を許すことができなかった。

 意地を張って、絆侍の歌声が聞こえても絶対に顔を覗かせなかった。

 軽音部の評判も知っている。絆侍の歌声は大人気だった。


 ……いつまでも過去の絆侍ばかり見てちゃダメだ。


 高校最後の夏休みが終わる。

 僕はカレンダーの日付を数えながら、今度こそ、今を生きる絆侍から目を逸らさないと決めた。

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