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第十三話

「それなりに何でもできる自信がある。でも、俺の手には何も残らなかった」


 兄貴は自嘲気味に呟くと、部屋の棚に立てかけてあるアコースティックギターを見た。兄貴が大学生になってからのバイト代で初めて買った中古のギターだ。最近は弾いているのを聴いていない。


「絆侍。お前はこれから何がしたい?」

「何、って?」

「剣道をやめた後だよ。高校で他の部活に入るのか?」

「いや……」


 進学予定の〇△高校は、自宅から近い公立の進学校だった。俺にそのつもりはないが、剣道が強い学校なのは保険みたいで嫌だ。俺が選んだ理由はそれじゃないのに。


「まぁ、高校がどんな場所かもわからないのに決めるもの難しいよな」

「うん」

「でも、特にやりたいこともないってワケだ」

「……」


 言い淀む俺を見て、図星だな、と笑う兄貴。

 ……わざと俺のこと刺したな。うざ。


「これから探して行けばいい。誰もお前の選んだ道を否定しない。俺も、家族のみんなも」

「自分は見つけられなかったのに、俺には探せって言うんだ。随分勝手じゃん」


 人に言うのは簡単だ。俺は小さい頃から当たり前に剣道が環境にあって、何も考えずに続けてきたようなものだ。自発的に習い事をしたり、趣味を続けている奴のほうがよっぽど凄い。

 兄貴も俺と全く同じだ。だから、新しいことを見つけて自分のものにするのがどれだけ大変か。あの埃を被ったギターを見ればわかる話だ。


「道場の跡継ぎだって、代わってくれだなんて頼んだ覚えもないし。自分でヒーロー気取ってんなよ。あんなの、うちの人間じゃなくてもいいだろ」


 兄貴が俺に唯一残された蜘蛛の糸だってわかってる。それでも、俺に相談もなく一方的に言いつけたのが許せなかった。俺は助けを求めていないのに。


「確かに。それは俺の勝手だな。悪かったよ。……だが、勘違いするなよ。絆侍」


 兄貴の黒い瞳が俺を射抜く。底の見えない穴のようだった。


「俺は、自分の実績やプライドまでは捨ててない。どれだけ熱意を持てなかったとしても、だ」


 兄貴の語気が僅かに強くなる。それは俺に対する怒りなのか、自分に対する苛立ちなのか。俺がそれを汲み取る術はなかった。


「父さんが、うちの人間以外を指名しようものなら、指導者として家に帰ってくるだろう。俺は愛着はなくとも、ここの流派を重んじている。それを継承できるのなら、俺の人生は多少納得できるものになる」


 父はまだまだ現役だ。病気の一つもしない健康体。兄貴や俺が道場を背負うなんてもう少し先の話なのに、兄貴はさらに先の将来まで見据えている。

 俺は、目の前のことすら見えていないのに。

 結局、俺は兄貴には敵わない。


「俺は将来、ここから出ていく」

「それがいい。今から始めて遅いものは何もない」


 兄貴の言葉が全て狡く聞こえてくる。たった四年、先に生まれてきただけなのに。


「俺は絆侍の新たな始まりである今日を祝福するよ。お疲れ様」


 兄貴は俺より一回り大きな手で頭を鷲掴むと、少し乱暴に撫でた。

 ……嫌い、嫌いだ。

 俯いたまま、俺は溢れる涙を止めることができなかった。

 兄貴は何も言わなかった。ただ、子供をあやすみたいに頭を撫で続けていた。

 噛みしめた唇は血の味がした。頬を伝う涙は温かかった。


 本当に、嫌いだ。

 どうしてこんな時だけ、欲しかった言葉をくれるんだよ、クソ兄貴……

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