8.
ヒカリゴケを手に一行は山を下りる。
よく似た光り方をしていたという目撃者の証言だけではこれが火の玉の正体だったという証拠はならない。クレアにはそれがわかっていた。しかしヒカリゴケが生えていた穴には最近採取された形跡があった事は確認されている。犯人と目される行商人ヤムクは腹芸が得意な性格ではなく、ヒカリゴケを目の前に出しその辺りの話を詰めれば簡単に白状するだろう。
炭鉱を巡る異常はこれでほとんど解決する事になるはずだ。
ただ、彼にはどこか引っ掛かりを覚える部分もあった。何か見落としがある、そんな感覚。
「……あ、抜け出せない回廊」
ふと未だ解決されていない異常を思い出した。運が良かったのか今回山に来るまでの間には誰もそれに会う事も無く、いまいち情報の少ないそれは全く解決の目途が立っていない。先程の引っ掛かっていたのもおそらくそれだろうと一人頷き納得する。
ロサは現状をただ嘆いていた。全てが順調に行ってしまった現在、存在が確固たる異常に関しては全て解消されてしまうだろう。巨大な熊のような生物は現場を押さえた事で存在しなかったものだと発覚、突如鳴り響く音もその正体が既に露見、夜空を駆け回る火の玉は手に持ったヒカリゴケが解決してしまうだろうし、人を丸呑みしそうなほど巨大な蛇は他ならぬ人の手によって討伐されてしまった。
彼女は自身が深く追求し調べる事でこうなる事などわかっていたはずだが、それでもこの結果に落胆を禁じ得ない。彼女は自身の望みを叶える事が出来なかった。
ミリィはじっとそんな彼女を見つめている。その悲しそうな表情をじっと見つめている。そしてこそこそとすぐ傍にいた従騎士の元へ行き。
「ちょっとよろしいですか?」
こっそりと耳打ちをするのだった。
ゼノはただ夜闇の中を歩く。周囲を警戒しながら、誰が何を思っているのかなど気にすることも無く、ただ歩き続けた。
村に着いた時には夜も遅くヤムクへの追及は明日の事となる。教会に戻ると牧師が皆に疲れの取れる薬草茶を振舞った。
「これって川を下って行ったところに生えてるやつだよね?」
「ええ。ミリィはよくご存じですね」
「だってナタトさんが言ってたもん」
ナタトというのは村長であるトナの今は亡き旦那に当たる人物だ。
「そのナタトさんは村の事に余程詳しかったのですね。あのヒカリゴケの穴も知っていましたし」
「他にも色んな話を聞いたんです。火の神の伝説とか、山崩れが起きた時に村を救った英雄とか、村の守り神のジョウド様とか」
「そりゃ眉唾な話だ」
「そんなこと無いですよ。 いつも言ってましたよ、ジョウド様は村の皆を見守りいつもその心を痛めているって」
「それは守ってるのか?」
「さあ?」
どうやら様々な話を聞かせてくれたのは間違いないようだが、それがミリィの実になっているかは判断の分かれるところだ。しかし彼女がそれらの話を覚えていたことで一つの謎が解決したのも事実、余計な突っ込みを入れるのは野暮というものだろう。
一息つき、それぞれ自分の部屋へ戻り今日の一日を終える。
はずだった。
クレアは眠たい頭を無理矢理に働かせ、今、ロサの部屋の前にいる。本来ならば彼女の部屋を訪れるなど全く以て不本意な事であったが、今回ばかりは致し方ないと目の前の扉を叩いた。
「誰だ?」
「私です。少し話があります」
ロサは部屋の中で少し悩んでいる素振りを見せた。クレアが部屋を訪ねて来た理由を考えていたのだろう。しかしわざわざ訪ねて来たからには相応の理由があるはずだと考えたのだろう。
「どうぞ」
最終的には扉を開きクレアを招き入れる。
クレアは自ら部屋を尋ねた身ではあったがその一方でどこか気が重く感じていた。部屋にあった椅子に腰かけると手を額の前で組んで俯き、中々話を始めようとはしない。ロサはその様子を見て少しばかり不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「用が無いなら帰ってもらいたいところだね。私ももう眠い、睡眠時間を奪われるのは誰だって嫌なものだろう?」
嫌味ったらしい言葉にクレアは舌打ちの一つでもしたい所だったが、冷静になればこの状況どう考えても自分が悪いのは明らかで我慢する。そして仕方なく、全く気が進まないとしても、彼はここに来た目的を果たすべく声を上げる。
「異常が偽物だった気分はどうですか?」
ロサはその問いを聞いて僅かに眉を顰めた。それは相手の質問の意図を探ろうとしていたのかもしれないし、或いはその質問がどこから出て来たものかを考えていたのかもしれない。
「異常の研究者としては本物の異常に出会えた方が良かったですか?」
追加で投げかけられた問いにロサは警戒を顕わにし始める。彼女はクレアが頭が切れる方の人間だと認めていた。それ故に何の意味も無い問いはしないとわかっていたし、この訪問にも何かしらの意味があるはずだと理解している。
しかしその一方でクレアのどこかやる気のない態度には違和感を覚えていたし、だからこそこの質問の意図も全く読めずにいる。クレアならばこの問いは必ずやカルゴーネの異常の解消という任務に対して何らかの進展を求めてのものだろう、その前提で考えると態度は不自然で意味が分からない。
故に彼女はどの程度まで正直に答えるべきかを悩んでいた。
「……そうだな。確かにここの異常はどうやら偽物らしい。しかし、本物の異常とは何だ?」
そして少し考え彼女は煙に巻くことに決めた。
「記録に残っている中には様々な異常がある。私が見かけた古い文献にはこんなものもあったよ。黒く固い石が燃え上がる異常、なんてものが」
黒く固い石が燃え上がる、その現象は今カルゴーネにいる者には随分と馴染み深い現象だろう。
「それは石炭では?」
「そう、石炭の事だ。しかしその文献が記された時代には石が燃えないという常識があった。今でこそ石炭のように一見石のようでもよく燃える物体がある、そんな事わかっているが。当時はそんなこと誰も知らなかったのさ」
無知が常のものを異常たらしめる。それは正にこのカルゴーネでも起こっていたことだ。幾つもの毛皮を縫い合わせ巨大な熊のような生物の存在するよう見せかけるのも、火薬を使い箱を爆破して大きな音を響かせるのも、宙を舞うヒカリゴケも、全てそのからくりを知らなかったからこそ異常として信じられていた。
「実の所、異常というのは時代と共に減っている面もある」
「というと?」
「純粋に、その理屈が解明されているからだよ。燃える石はただ単にそういう性質を持つ鉱物というだけだし、炭鉱で起こる謎の咳は宙を舞う粉塵が引き起こしているのかもしれないし、今日倒された大蛇も未来ではその生態が解明されて単なるそういう蛇として扱われるかもしれない」
あらゆる不思議な出来事を異常と呼ぶ時代はもう過ぎ去ったのかもしれない。それらは人々の地道な努力と進歩の中でその神秘性を失いただの常識へと変化していくのだ。
「異常というのは現時点で解明されていない事物を我々がそう呼んでいるのに過ぎないのかもしれないよ。我々が何かを本物の異常だと言ったところで十年二十年経てばそれは単なるそういう事になっているのかもしれない。故に思うのさ、本物の異常だなんて言葉は滑稽だとね」
彼女が突然始めた演説を聞きクレアは拍手の一つでも贈るべきだろうかと考えていた。それは単に彼女の話に納得する部分があったから、或いは皮肉っぽく彼女を馬鹿にしたいだけだったのかもしれない。
しかし今日ばかりはそういうわけにもいかないのだ。
「本音を言えばあなたが何を考えていようがどうだっていいのですがね」
そんな前置きをするぐらいに本心からロサの考えはどうでも良かったのだが、それでも彼は今この場にやって来た。ロサの沈んだ気持ちを解決し、気分を上向かせる。そんな事の為に。それを意識してしまうとやる気がどんどんと消えて行くのでなるべく見ないふりをして話を進める。
「それで言うとあなたは異常を常識の枠組みの中へと迎え入れる為に活動をしているという事ですか?」
「そういう一面はあるだろうね」
「つまりあなたはいずれ自身が仕事を失う為に尽力していると」
「それは聖騎士だってそうだろう? もしも彼らが世界中の異常を解消する事が出来たなら君達は即座に職を失うはずだ」
「どうでしょうね。聖騎士は人心の安定という点には一役買ってますからすぐには消えないと思いますが」
「それもそうか。しかし役割は変わる。その時にそれを今の聖騎士と同じと言えるかは気になるところだね」
段々と話が逸れ始めているのを彼は感じていた。初めはロサが意図的に逸らしているのだろうかと考えかけたが、冷静に考えて自分が確信を突かずに話を進めるからだと気付く。
クレアは思う、目の前の女は仕事仲間としては中々に優秀だ。頭の回転が速く目端が良く利き、豊富な知識量にはクレアでさえ付いて行けない部分もある。しかしその一方で個人的にはどこか気に入らない相手だ。ついさっきまでそれは自分と同等或いはそれ以上の能力を持つ相手に対する嫉妬のようなものだろうと解釈していたのだが、それは違った。
彼は息を呑んで、核心に触れる。
「本物の異常に慰めを求めるあなたにとって、ここは期待はずれだったでしょうね」
その言葉を聞きロサが固まる。しかしすぐに彼女の頭は今の問いの出所に辿り着いた。
「ミリィか」
「ええ。まあ」
ロサはミリィに対して自身の過去を打ち明けた。そしてそこで彼女がどうして異常を求めているのかを詳らかに話したのだ。その事についてクレアが言及したとなるとそれはもう彼女が話した以外には考えられない。
「口止めをしておくべきだったかな」
「そうしても彼女は話していたと思いますよ」
「ほう? なぜそう思う」
クレアは眼前に自分が賢いと信じ捻くれた姿、ある種の鏡写しのような姿を見た。これは自分たちのような人間には決してわからぬ論理だろうと溜息をついて。
「彼女はあなたを心配してましたよ」
「心配?」
「カルゴーネの異常が次々と解消されて行く事で彼女はショックを受けているかもしれないと、凹んだような表情をしていて心配だと、そう言って相談されました」
ヒカリゴケを入手した帰り道、ミリィはクレアに相談を持ち掛けていた。内容は今クレアが言った通りのもの。彼女はロサを心配していたがしかし彼女にはその傷を癒す手段などまるで分からなかった。境遇も考え方も何もかもがまるで違う相手を前になんと声を掛けるべきかわからなかったのだ。
「彼女に少し私の過去を話してましてね。あなたと同様、私も故郷を異常に滅ぼされた身です。別にこれは親近感を覚えて欲しいわけでは無くただの事実としてですよ。それで、まあ、同じような境遇から何か言ってやれることは無いか、とね」
ロサは少しの間思考を停止していた。それはまるで触れたことの無いものでどう調理していいかわからなかったのかもしれない。時間と共にその言葉の意味をどうにかこうにか調理し、飲み込み、咀嚼する。
「つ、ま、り……。お前がここに来たのは、ミリィに言われて、心配で、私を心配したミリィが、お前を寄越した?」
「そうですね」
クレアは眉間に皺を寄せてただただ溜息をつく。ロサを励まそうなど、もしも彼女に言われなかったならば絶対にやらないことだ、と。本音を言えばミリィの頼みすら断ろうと思ったほどだ。しかし彼女を、純粋にロサを心配し悲しそうな瞳を見せるその姿を見て、無遠慮に断り涙させるのは余りに人の道を外れていると思った。それに彼女にはヒカリゴケの発見に寄与した功績がある、であればその功績の分ぐらいは働くべきだろうと自分を納得させこの場に赴いた。
ロサは目の前のクレアを見下ろし、俯いて視線を逸らし、その場に腰を下ろす。
「……私の故郷は十年前に滅んでね。詳しくは分かっていないが人が突然、まるで意志を失ったように、植物の仲間にでもなったように立ち尽くして何も出来なくなる。そんな異常に見舞われた。何でか私は一人生き残って今もこうしているがね」
過去について語り出すロサのことをクレアは黙って見つめる。
「今でも思ってしまうんだ。もしもあの時、私が何かしていたらみんなは助かったんじゃないかって」
クレアは心の底から同意するように頷く。それは彼自身も通っている道だ。そして聖騎士を目指し、今の自分が居れば皆を助けられたのだと胸を張って言える強さを手に入れようとした。
しかしロサは違う。
「だから私は異常を求めた。本物の、人にはどうにもならない、抗う事も出来ずただそれが自身を襲わないことを祈る事しか出来ないような、恐ろしい異常を。それがあれば……」
クレアはロサの向こうに幼い少女を見た気がした。力も知識も無く、ただ怯え泣いている少女を。
「それがあれば、私はあの時、誰も助ける事が出来なかった。何をやったって無駄だったんだって、思えるだろう?」
ロサの心は既に折れている。クレアはその事を悟る。彼女はその異常を前にただただ心を折られ、残る人生に慰めを求めているのだ。異常研究などと言う危険を伴う事を止めないのはもしも本物の異常が見つかればその事自体が彼女を慰めてくれるからであり、もしも異常を前に命を失うような事態になったとしても辛く苦しい人生から逃れられるからなのだろう。
そのような者に対してどんな言葉を投げかけるべきなのだろうか。
「……ぁ、……ぃゃ」
「……? 何か言ったか?」
「いえ……」
クレアの中に投げかけるべき言葉は見つからなかった。似たような経験をしている事が一体何の慰めになると言うのか。寧ろその事実は、同じ経験をしたにも関わらず立ち直れた人物がいたという事実は、彼女の心に更なる深い傷をつけるだけだろう。
「どうした、苦い顔をして」
気が付けばロサの方がクレアを心配し声を掛ける。クレアは空元気ながら笑みを浮かべ、しかしすぐに大仰な溜息をついた。
「我々は、無力ですね」
「は?」
そんな言葉を残しクレアは部屋を去った。
一人残されたロサもしばらくはクレアの意図を探ろうと様々に考えを巡らせていたが、やがて何もかもを諦めて投げ出し泥のように眠りに落ちる。
決戦の朝、クレアは目が覚めると預かっていたヒカリゴケを確認した。それは暗がりに置けば薄っすらと緑色に光を放っており、これがあればヤムクに口を割らせるには十分だと確信を持てる。ひとまずこれで人為的な異常は全て解決するだろう。任務としては寧ろここからが本番なのかもしれないが。
「……任務外の事はどうするかな」
カルゴーネやここにいる人々には異常とは関係のない問題が山積している。それはカルゴーネ住民とその他の炭鉱を狙う人々の問題であったり、この村の純粋な貧しさであったり、行動を共にしているロサの事もその一つだ。
基本的にオルディア教から派遣された目的を考えればそれらに関わる必要は全くないと断言できるのだが、それでも彼は昨夜ロサの元へ向かった。実績を上げたミリィへの報酬という大義名分を用意していたものの、一夜明けて冷静になればやはり余計な事に首を突っ込むべきでは無かったと考えを改める。
「そもそも何も解決出来なかったしな」
或いは彼は自身が何の力にもなれなかったことを悔いているのかもしれない。そしてそんな自分が他の問題に首を突っ込んだところで何になるのかと斜に構えているのだろう。
外に目を向ければそこには相変わらず霧が煙っている。それは彼の心中が霧の中で迷子になっているようだと暗に示しているかのようだった。
朝食を頂こうと牧師の元へ向かうと彼は相変わらず献身的なもので一行の為に食事を準備している所だった。
「クレアさん。おはようございます」
「おはようございます。毎朝毎朝ご馳走になってすみません」
「いえいえ、大したおもてなしも出来ておりませんので。我々がもう少し裕福であれば食事ももっとお出しできたのですが」
今朝の食事も貧相なもので具の少ない野菜スープにふかし芋がついているだけのようだ。正直な所、クレアはとうに以前の食生活に戻りたいと、腹いっぱい食べても許される環境に戻りたいとは思っていたが流石にそれを口に出すようなことはない。ただ一人きりの時に少し溜息を漏らす程度のものだ。
全員が揃うと牧師が皆の食事をなみなみと注ぎもてなしてくれる。相変わらずの熱々のスープにクレアは出来ればもう少し冷まして出して欲しいものだと思っていたが、ゼノは左手で器を持つと一気に飲み干していた。
「いやぁ、やはり凄いものですね」
「……ああ」
やはり聖騎士、それもあれほどの力を持つ者となると体のつくりがまるで違うのだ。クレアはそう思い込むことにしてゼノから目を離しスープを息で冷まそうとしている。そこで彼はふと、思った。
ゼノは左手で食事をしていただろうか?
ぼんやりとそんなことを考えながら見ていたのだが、すぐにたぶんこれまで自分がちゃんと見ていなかっただけだろうと視線を外す。それよりも彼には目の前のスープを冷ます事の方が大事なのだから。
食事を終えると牧師を残し彼らは教会を出る。外にはいつの間に来たのかミリィが立っていた。
「今日も付いて来る気ですか?」
「中途半端は嫌だから」
もしかして異常が解消するまで毎日付いて来る気だろうかとクレアは不安になったが、ゼノもロサも不思議と反対しないので諦めて彼女の帯同を許す。ランド達が畑仕事もせず炭鉱に籠っているのに文句を言っていたのに自分は良いのか、などと言わないのは彼なりの優しさなのかもしれない。
一行が向かった先は村長の家だ。そこには行商人のヤムクがまだいるだろう。
「じゃあ、行きますか」
ミリィを先頭に村長の家へ。
「おはようございま~す」
ミリィの声に反応して中から村長がどたどたと足音を立ててやって来る。
「あらミリィ、それに聖騎士様方まで。何かありました?」
「ヤムクさんいる? もう一回話を聞きたいんだって」
一瞬、村長の目が鋭く光りクレアの持つ物の方を見た。クレアはその視線に気付いていたがその意味まではまるで理解できずその場ではただ不思議に思うに留まったが。
「ああ、ヤムクならいるよ。すぐ呼んで来ようかね」
先程の視線はどこへやら、村長は柔らかな笑みでそう言って奥の方へと歩いて行く。
違和感、その姿には確かにクレアは違和感を覚えていた。漠然とした嫌な予感がしていたがそれを上手く言葉に出来ない。横目にロサを見れば彼女もまたクレアの方を見ていた。それで二人は互いに同じような考えを抱いている事には気付いたがその先が分からない。
そうこうしている内に奥からヤムクが現れた事でその嫌な予感について考えるのは後回しにされてしまったが。
ヤムクとの直接対決においては覚悟も何も必要ない。クレアは事前に考えていた通りやるべきことを淡々と行うだけだ。
「ヤムクさん、おはようございます」
「ああ、ええ。おはようございます。あの、まだ何かありましたか?」
「ええ。こちらをご覧ください」
徐に取り出したヒカリゴケをヤムクの目の前に置くとこれ以上ないほどわかりやすく彼は顔色を変えた。顔面蒼白、両の手を組んで落ち着きなく動かし、視線はわかりやすく右往左往する。その様子だけで彼の事を処罰したところで誰も文句は言わないかもしれないと思う程であったが、せめて自白ぐらいは取るべきであろうともう少し話を詰め始める。
「これはヒカリゴケと呼ばれるもので、暗がりに置くと」
クレアは用意していた布で光を遮る。するとヒカリゴケが淡く緑色に発光しているのが良く見える。ヤムクはそれを見てただ震えるばかりだ。
「このように緑色に発光するんですよ。面白いですよね。まるでそう、異常として皆さんが教えてくださった空を舞う火の玉のような光り方じゃありませんか」
「あ、いや、そ、それは、その……」
「そうそう、このヒカリゴケを見つけた場所では最近大量に採取された痕跡がありましてね。いやあ奇特な方もいるものです。一体何に使おうとしているのか」
「そ、そぅ、ですね……」
「時に、ヒカリゴケはかなり貴重な物のようですね。実際我々が採取した場所もそうたくさんあったわけではありませんしね。ですから、もしも何かに使っているとすれば使い捨てるような事はせず大切に保存している事でしょう」
冷や汗がヤムクの頬を伝う。クレアは口角を上げて努めてにこやかに彼に語り掛けた。
「我々にはこの家の中を捜索する準備がありますが、どうしましょうか?」
ヤムクにはその笑みが悪魔の微笑みにも見えていたことだろう。彼は自身の不幸を呪った。
なぜ自分はこんな時期にこんな村に訪れてしまったのだろう、と。
「ち、違うんだ!」
「違う? 何がですか?」
「俺は炭鉱なんざどうだっていいんだ! 大量の石炭なんて捌く当てがない! 俺は、俺は……」
彼は怯えた様子で家の奥の方を見た。その先にあるのは何か、いや、その先にいるのは誰なのか。
クレアはふと気付く。先程まで抱いていた違和感の正体に。ヤムクはカルゴーネを時々訪れていた行商人に過ぎない。ならば、なぜ彼は地元の住民ですらほとんど知らないヒカリゴケの場所を知っていたのか、と。
そして今、その答えに彼は気付く。つまり彼は自身の意志でこんなことをしたのではなく、炭鉱を狙っていた他の人物、つまり。
ドォン!
突如、大きな破裂音と共に奥の扉が吹き飛んだ。扉の近くにいたヤムクは吹っ飛ばされ煙が周囲を覆ったが即座にロサが入り口の戸を開け放ち中へ風が吹き込む。薄くなっていく煙の向こうに立っていたのは、カルゴーネの村長トナと隣町の有力者であるサンクトだった。
「ふん、馬鹿どもが、やはりこのような者達に任せるべきでは無かったな」
サンクトが吐き捨てるように言った。クレアとゼノは皆を庇うように剣を抜き前に出る。
「あなた達はグルだった、と?」
「もう少し綺麗な言葉を使ってもらいたいな。協力しこの炭鉱を盛り上げようとしていただけの事だ」
「何を馬鹿な事を……」
そうこうしていると外からも人がやって来る。
「さっきの音は何だ!? 村長は無事なのか?」
「ランド!」
どうやら彼は大きな音を聞き村長の無事を確かめに来たらしい。尤も、その音を鳴らしたのは彼女たちなのだが。
「……ごほっ、ごほっ……。なあ、何があったんだ?」
彼は家の中へ足を踏み入れると同時にその異様な雰囲気にたじろぐ。涙を流して床に突っ伏している行商人、悲しみと戸惑いの混ざった表情を見せる村娘、剣を構える二人の騎士、そして奥に立っている村長と炭鉱を奪い合う隣町の有力者。
彼は全く状況が飲み込めずただただ困惑している。
「どうやら村長はそこの男と仲良く炭鉱を分け合いたいらしいですよ」
クレアの説明を聞いてもランドはまだ釈然としない様子だ。
「なっ、そっ……、ば、馬鹿を言うなよ。村長は俺達と一緒に炭鉱を守る方法を考えてくれたんだぜ?」
炭鉱を守る方法、それが巨大な毛皮を着てやって来る人々を脅す事なのは考えるまでも無いだろう。クレアとロサはそれを聞き思わず唇を噛んだ。
「まさか、あなたは……」
「流石にそれは、やり過ぎだろう」
「おい、どういうことだ?」
ロサは溜息をつきながら自身の考えを説明する。
「オルディア教の教会に聖騎士を要請したのは私だが、それは村長に頼まれての事だ」
「つ、つまり?」
「彼女はあわよくば君達が聖騎士に襲われて死ぬことを望んでいたし、そうでなくとも異常を偽った罪で処罰されることを望んでいたんじゃないのか?」
炭鉱を狙う者達がそれぞれ異常を偽る事に手を染め、結果として炭鉱の所有権は宙ぶらりんだ。強いて言うならば炭鉱が存在するのはカルゴーネであるし、それを発見したのもカルゴーネの住民である以上、カルゴーネの町に引き継がれるのが妥当な所であろう。つまり村長は労せずして自身の手に炭鉱を手に入れる事が出来るし、その利益を貪る事が出来る立場になる。
「はっ、それの何が悪い? あたしゃこの村をこ~んな小さい頃から支えて来たんだ。あんたらが生まれる前からずっとずっとだよ。年老いて村の長になって、それから少しぐらいいい思いをして何が悪い」
トナは皆を見下すような視線でそう言った。その瞳は欲に塗れ濁り切った色をしている。まるで炭で汚れてしまったかのように。




