54話:後悔できる人間
藤堂がある夜、珍しく長く話した。
閉店後の時間だった。全員が残っていた。誰かが呼んだわけでも、何かを議論するために集まったわけでもなかった。ただそれぞれが帰らなかった。そういう夜が、たまにある。
藤堂が話し始めたのは、誰かが促したわけではなかった。長い沈黙の後に、自然に始まった。
「私も鷹宮と同じことをした」
誰も何も言わなかった。動かなかった。ただ聞いた。
「二十代の頃だ。ある地域の再開発に関わった。小さな飲食店が邪魔だった。計画の邪魔だった。場所の邪魔だった。感情は何もなかった。ただ邪魔だった」
藤堂は酒を一口飲んだ。
「合法の範囲で、しかし確実に追い詰めた。仕入れ先との関係を少し崩した。炎上を使ったわけではない。もっと地味な方法だった。しかし、やっていることの本質は同じだった。追い詰めることが目的で、追い詰める手段を選んでいた。店主は最後に出ていった。私はそれを、数字の結果として処理した。感情は何もなかった。目標を達成した、という感覚しかなかった」
沈黙。
誰も口を開かなかった。
藤堂が続けた。「後悔した時には、もう何も変えられなかった。あの店主がどこにいるかも知らない。謝ることもできなかった。後悔は後悔のまま、どこにも行かなかった」
梶が口を開いた。
「後悔できる人間は、まだ大丈夫だ」
それだけだった。多くは言わなかった。
誰も反論しなかった。その言葉が何を意味するのか、全員が少し違う受け取り方をしたかもしれない。後悔できることが大丈夫の理由になるとはどういうことか、全員が少し違う角度から考えたかもしれない。しかし全員が頷いた。それぞれの頷き方で、それぞれに頷いた。
梶が初めて、自分の猪口に酒を注いだ。
自分で自分に酒を注ぐのは、珍しかった。梶は客に出す側だった。自分の猪口に自分で注ぐことは、ほとんどなかった。全員がそれを見た。しかし誰も何も言わなかった。梶が一口飲んだ。
そういう夜があってもいい、と全員が思った。
全員がそれぞれ黙って酒を飲んだ。話すことはもうなかった。話さなくていい夜だった。ただ同じ場所にいる夜だった。




