45話:来い
再開初日、開店の一時間前から人が来た。
路地の入り口に、数人が立っていた。梶が仕込みを終えて表に出た時、そこにいた。見たことのない顔だった。
「まだ開いてないか」その中の一人が聞いた。
「もう少し待ってくれ」梶は言った。それだけ言って中に入った。
常連が来たのではなかった。若い客が多かった。SNSで見て来た、という人間が半分以上だった。臨時休業の間に広がった話を聞いて、一度来てみようと思ったのだろうと梶は思った。来てみようと思ってくれた。それだけのことだった。特別なことではなかった。
開店と同時に席が埋まった。カウンターの七席が全部埋まり、小上がりの二卓も使った。満席になったのが、いつぶりかわからなかった。
梶は黙って酒を出した。いつも通りの酒を、いつも通りに出した。新しい客だからといって、何かを変えることはなかった。愛想をよくしなかった。丁寧な説明もしなかった。同じ仕込みで、同じ出汁で、同じ手順で出した。それが梶のやり方だった。変えない理由がなかった。変える理由もなかった。
滞在時間が長かった。一品だけ頼んで帰る客がいなかった。来た客が、次の一品を頼んだ。また次の一品を頼んだ。話しながら飲んでいた。笑い声が出た。梶の店でこれだけの笑い声が出たのは、いつぶりだろうかと思った。
追加の注文が続いた。厨房が忙しかった。梶一人では手が足りなかった。
気がつくと、蓮が厨房に入っていた。
いつ来たのかわからなかった。頼まれてもいなかった。黙って、梶の隣で包丁を持っていた。割烹着を持ってきていた。準備してきたのだ、と梶は思った。準備してきて、来た。何も言わなかった。
梶も何も言わなかった。蓮も何も言わなかった。二人で厨房に立った。狭い厨房に二人は少し窮屈だったが、邪魔ではなかった。長年料理をしてきた人間同士の間合いだった。言葉がなくても、動きが合っていた。
夜が深くなって、客が引いた。全員が集まった。
真鍋がリアルタイムの売上数字を見せた。一日分のデータだった。AI無人居酒屋の同期間のデータと比較を並べた。
「これはノイズじゃない。傾向だ。滞在時間、客単価、注文数、全ての指標でAI店舗を上回っている。話題性だけの一日なのか、リピーターが来るかどうかを見なければわからないが、今夜の数字は本物だ」
全員が数字を見た。
誰も何も言わなかった。数字が全てを語っていた。
その夜、鷹宮が会見を開いた。
「私は合法の範囲で活動してきました。行政調査には引き続き協力します。一部の証言や資料については、事実確認を求めています。この件については法廷で争います」
声は平坦だった。いつもの声だった。しかし目が、前と違った。計算の速度は変わっていなかった。しかし、計算の方向が変わっていた。攻める計算ではなく、守る計算をしている目だった。追い詰められた時の計算だった。
榊がその会見をモニターで見た。鷹宮の目を見た。少しの間、黙っていた。
それから静かに言った。
「来い」
それだけだった。他には何も言わなかった。補足しなかった。何を意味するかの説明もしなかった。ただ言った。
全員が榊を見た。榊は会見の画面から目を離さなかった。




