44話:信用という基盤
内部告発者が実名で登場した。
鷹宮の会社に三年間在籍していた元マーケティング部長だった。弁護士を通じて、記者会見を開いた。会見の前から、メディアには情報が流れていた。何か大きな発表があるという情報だけが先に出た。記者が多く集まった。テレビカメラも来た。
男は会見の場で、用意した原稿を読まなかった。自分の言葉で話した。
「私は、在籍中に組織的な炎上マーケティングの計画立案に関わりました。良心の呵責から、退職後もこの件を公表するかどうか悩んでいましたが、今回の行政調査を受けて、事実を話すことを決断しました。家族には迷惑をかけるかもしれない。しかし、話さないでいることの方が、私にはもう耐えられませんでした」
炎上計画書を公開した。「収穫率」という言葉が書かれた資料だった。以前に流出した資料と同じ言葉だったが、今回は実名で、より詳細な内容が示された。同じ言葉が、改めて世間に広がった。今度は出所が明確だった。
合わせてメールログも提示した。特定の店舗を「対象」として炎上計画を立案していたことを示す内部のやりとりだった。日付が入っていた。送信者と受信者が明記されていた。内容が具体的だった。炎上のタイミング、使うインフルエンサーの選定基準、想定される客足の減少率。一連の手順が文書化されていた。
スポンサー企業が三社、契約解除を発表した。声明は短かった。「現時点でのパートナーシップ継続は難しいと判断しました」という言葉だった。理由の詳細は書かれなかった。しかし理由は明白だった。
デベロッパーが再開発から撤退を表明した。
村田から黒崎に電話が来た。黒崎のスマートフォンが鳴った時、黒崎はすぐに出なかった。少し見てから出た。
「撤退することになった」村田の声は疲れていた。「すまなかった」
「謝られても困る」黒崎は言った。「そういうことじゃない」
電話は短かった。
銀行が追加融資を拒否した。融資の継続についても、条件見直しの審査が始まった。
鷹宮が積み上げてきた「合法であること」という鎧が、信用を失った瞬間に価値を失い始めた。
その日の夜、梶は貼り紙の前に立った。
手書きの四文字を、しばらく見た。「臨時休業」。書いた時のことを思い出していたわけではない。ただ見ていた。夜の路地が静かだった。
翌朝、梶は仕込みを始める前に、貼り紙を外した。
丁寧に剥がした。破らないように、ゆっくりと剥がした。
「そろそろ開けるか」
誰にも言わなかった。誰もいなかった。ただ自分に言った。それだけだった。




