42話:感情の連鎖
真鍋が投稿したのは、夜の十時だった。
何かを決めてから投稿したわけではなかった。知らない人間の投稿を読んで、自分の中に何かが動いた。その動きに従った。それだけだった。
赤ちょうちんで飲んだある夜の話だった。何年前のことかも書かなかった。ただ、その夜のことを書いた。仕事が上手くいかなかった時期で、一人でカウンターに座って飲んでいたら、梶が何も言わずに小鉢を一つ出してきた。頼んでもいないものだった。その小鉢の温度が、ちょうどよかった。それだけの話だった。
宣伝ではなかった。戦略でもなかった。ただの記憶の話だった。
黒崎が翌朝、似たような投稿をした。
路地を歩いていて、赤ちょうちんの前を通った時のことを書いた。暖簾が出ていて、中から声が聞こえた。客の声と、梶の声と、誰かの笑い声が混ざった音だった。その音が、日常の音だったという話だった。自分がどういう人間かは書かなかった。かつて何をしていたかも書かなかった。ただ、その音の話だけを書いた。
蓮も投稿した。
初めて赤ちょうちんに来た日のことだった。自分の店を閉めた直後で、どこにも行けなかった。ただ歩いていて、路地に入って、赤ちょうちんの暖簾をくぐった。偶然だった。それが偶然かどうかも、今となってはわからない。何も話さずに三時間飲んだという話だった。料理の話は書かなかった。何を飲んだかも書かなかった。ただ、三時間いたということだけを書いた。
榊が投稿した。
法廷で負けた日の夜のことだった。それだけ書いて、その夜にどこへ行ったかは書かなかった。読む人間は、想像するしかなかった。
藤堂が初めてSNSに投稿した。
「あの店の出汁の味が忘れられない」という、たった一文だった。それだけだった。それ以上でも以下でもなかった。藤堂のアカウントには、それまで一件も投稿がなかった。フォロワーはいたが、投稿したことがなかった。その初めての一文が、「あの店の出汁の味が忘れられない」だった。
バラバラな投稿が、時間差で出た。繋がっているように見えなかった。同じハッシュタグもなかった。互いにリプライもしなかった。ただそれぞれが、それぞれのことを書いた。
しかし読んでいると、同じ場所の話をしていることがわかった。同じ匂いのする話が、別々の言葉で語られていた。
鷹宮のAIは、この投稿パターンを「同情マーケティング」と判定した。閉店を惜しむ声を使って集客しようとしている、という分析だった。
しかし、判定が間違っていた。
これは戦略ではなかった。全員が、ただ自分の記憶を書いていた。計算がなかった。効果を狙っていなかった。書きたいから書いた。それだけだった。
アルゴリズムは広告の波形を追う。投稿のタイミング、拡散のパターン、フォロワーの属性。それらから、意図を読み取ろうとする。しかし、感情の連鎖は別の動き方をする。計算なしに広がるものを、計算で読み解くことはできない。
広告として分析できないものが、人から人へと伝わっていった。それはアルゴリズムが予測できない動きだった。予測できないものには、対処できない。鷹宮のシステムが初めて、手が届かないものに触れた。




