39話:最後の一手は皆が打つ
AI無人居酒屋のリピーター率が、開業から一ヶ月後のデータで出た。
蓮が追跡していた数字だった。開業直後から記録を続けていた。一ヶ月分が揃ったところで、整理して全員に見せた。
通常の新規開業の店舗と比べて、三分の一以下だった。
開業当初の集客は成功していた。話題性で人が集まった。しかしその客が戻ってこなかった。一度来て、写真を撮って、SNSに投稿して、それで終わった客が多かった。一度経験すれば十分という判断をした客が多かった。蓮が最初から予測していた通りだった。
真鍋がその数字を見て、別の角度から分析した。
「予測誤差が拡大している。AIが学習しようとしているが、リピーターが来ない理由が数値化できないから、対応できていない。何が問題なのかをAIが把握できていない。把握できなければ、改善もできない。数値化できないものは、AIには対処できない」
「なぜリピーターが来ないのか」蓮が聞いた。
「わからない、というのが正直なところだ」真鍋は言った。「ただ、レビューを見ると、一度来た客のコメントは高評価が多い。料理の評価は悪くない。システムの使いやすさも評価されている。しかし『また来たい』という言葉が少ない。評価は良いが、記憶に残らない店なのかもしれない。また来たいとは思われない。その理由が数値にならない」
「落ち着く、という感覚がないんだ」蓮が言った。静かな声だった。
誰も何も言わなかった。
藤堂は四半期決算を数日後に控えながら、静かに言った。
「あとは市場が答えを出す。私が動く必要はなくなってきた。市場は数字を見る。四半期決算の数字が出れば、市場は自分で判断する」
「俺たちは何もしなくていいのですか」真鍋が言った。
「いくつかのことは続けてください。データの更新、行政調査への対応、榊さんの法的な動き。それは続ける必要がある。ただ」藤堂は少し間を置いた。「最後の一手は、皆さんが打つ。私ではない。私が打てる手ではない」
全員が藤堂を見た。
「どういう意味だ」黒崎が聞いた。
藤堂は答えなかった。ただ酒を飲んだ。問いに答えないことで、答えを示していた。全員が感じ取ったが、言葉にする人間はいなかった。
梶が厨房で仕込みを続けていた。全員の会話を聞いていた。
しばらくして、梶が口を開いた。厨房から出てきて、カウンターの内側に立ったまま言った。梶から何かを提案することは、珍しかった。これまで一度もなかったかもしれない。
「一回、店を閉めようと思う」
全員が梶を見た。
「どのくらい」真鍋が聞いた。
「わからない。少しだけだ」
「理由は」
「言わない。ただ閉める」
誰も何も言わなかった。反対する人間も、賛成する人間も、いなかった。梶が決めたことを、全員が受け取った。梶の店だから、梶が決める。それだけだった。
藤堂だけが、静かに頷いた。
小さく、しかし確かな頷きだった。その頷き方に、「それが最後の手ですね」という意味があった。梶が何をしようとしているか、藤堂には見えていた。市場を長年見てきた人間の目には、見えた。
梶は何も続けなかった。ただ全員の酒を注いだ。それだけだった。




