38話:人間は誤差です
AI無人居酒屋の開業日、常連たちは現地を確認しに行った。
全員ではなかった。真鍋と蓮と黒崎の三人だった。客として入った。別々のタイミングで来て、別々の席に座った。連れだって来れば、調査に来たことが目立つ。バラバラに来て、それぞれが確認する。
内装は確かによくできていた。木材を使った温かみのある設計で、無人であることを意識させない工夫があった。照明が柔らかかった。カウンターに並ぶ酒瓶の見せ方も丁寧だった。「人間がいないのに温かみがある」という矛盾が、デザインで解決されていた。解決されているように、見えた。
注文はテーブルに埋め込まれたタッチパネルで行う。料理はベルトコンベアで運ばれてくる。会計は自動だった。どこにも人間の手が介在しない。スタッフが一人だけいたが、料理をしているわけではなかった。機械の監視役だった。何かが止まれば対応する。そのためだけにいた。
蓮が厨房の方向をしばらく見ていた。
厨房は客席から見えない。しかし気配はわかる。音が、違う。包丁の音がない。まな板の音がない。誰かが火を扱う気配がない。冷凍パックが電子レンジに入る音だけがした。
「冷凍パックとタイマーだけだ」蓮は言った。
「それでいい、という設計なんだろう」真鍋は答えた。「ただ、何かが抜けている」
客は多かった。話題性で満席だった。スマートフォンを取り出して写真を撮っている客が多かった。
真鍋は公開データを収集していた。
「売上構造に歪みがある」と真鍋は言った。「話題性が落ちた時、何が残るかだ」
その夜、鷹宮は会見を開いた。開業の成功を発表する会見だった。来客数の数字を出した。予約数の数字を出した。メディアの露出数の数字を出した。数字が並んだ。最後に一言、言った。
「外食産業における最大のコストは人間です。人間は誤差を生む。感情が判断を曇らせる。データだけが正解を示す。私たちはその正解を追い続けます」
梶はテレビでその言葉を聞いた。
一人で仕込みをしていた。閉店後の時間だった。テレビは音だけが流れていた。画面は見ていなかった。しかし言葉は届いた。
黙って仕込みを続けた。手を止めなかった。
人間は誤差だという言葉を聞いて、何も感じなかったわけではないだろう。三十年間、人間として料理を作り、人間として酒を出してきた。その三十年が誤差だと言われた。しかし梶は手を止めなかった。出汁を取りながら、ただ仕込みを続けた。




