37話:追い詰められた手
融資の一部が凍結された。
鷹宮の会社に対して、主幹事証券会社が追加の情報提供を求めた。行政調査の進捗状況、内部告発の件の詳細、SNSマーケティングの実態について、IPO申請に関わる重要事項として確認が必要だという判断だった。確認が終わるまで、手続きが止まる。
証券会社が止まるということは、IPO全体が止まるということだ。手続きが止まれば、投資家への説明が遅れる。遅れれば、投資家は別の機会を探し始める。一度離れた投資家は、なかなか戻ってこない。
IPOの延期が濃厚になった。
その夜、鷹宮は発表を出した。
「完全AI無人居酒屋」の前倒し開業だった。当初の計画より三ヶ月早い開業だった。準備が整ったわけではなく、前倒しにした、という発表だった。
発表は華々しかった。「注文から配膳、会計まで全自動。原価と滞在時間をリアルタイムで最適化する、外食の未来形。人間の感情に左右されない、データのみに基づいた経営」という内容だった。映像が公開された。内装はよくできていた。システムの説明も整然としていた。
メディアが取り上げた。未来型外食として称賛した。「人間不要の外食が来た」という見出しが出た。株価が一時的に反発した。
しかし藤堂はその発表を画面で見ながら、静かに呟いた。
「追い詰められた人間の手だ。見たことがある」
その夜の常連会議で、全員がその発表の話をしていた。
黒崎が聞いた。「どこで見たことがある」
藤堂は少しの間黙った。答えを選んでいるのではなく、記憶を確認しているような沈黙だった。
「かつて私が追い詰めた人間が、最後に同じ手を打った」藤堂は言った。「本来の計画にはなかった一手を、焦って繰り出した。急いで前に出した。派手にやった。注目を集めることで、問題から目を逸らそうとした。そうすることで、市場の関心が別の方向に向く。一時的にでも株価が戻れば、時間が稼げる。その計算だ」
「うまくいったのか」蓮が聞いた。
「一時的にはうまくいった」藤堂は答えた。「しかし時間を稼いだだけだった。根本的な問題は解決しなかった。結局、三ヶ月後に行き詰まった」
「それは負ける前兆か」蓮が続けた。
「必ずしもそうではない」藤堂は言った。「劇的な一手で状況が変わることも、ある。ただ、余裕がなくなっている証拠ではある。余裕がある人間は、焦った手を打たない。計画にない手を急いで出すことはしない。今回の前倒し開業は、計画の変更だ。変更には理由がある。その理由が、焦りだとすれば、次の手が見えてくる」
真鍋が言った。「AI無人居酒屋のリピーター率を、開業後に追跡する必要がある。蓮が示したデータと同じ構造で分析できる。最初は話題性で集客するが、その後どうなるか」
「やります」蓮が即座に答えた。
梶が全員の前に徳利と猪口を置いた。藤堂は徳利から日本酒を注ぎ、一口飲んだ。
「鷹宮は追い詰められている」藤堂は続けた。「しかし追い詰められた人間は、予測外の手を打つことがある。これまでより読みにくくなる。慎重に動く必要がある」
その夜、藤堂は今夜初めて二本目を頼んだことに、自分でも気づいていた。二本飲む夜が続いていた。以前は徳利一本で帰っていた。いつから変わったのか、藤堂には正確にはわからなかった。




