34話:朝食
夜通しの作業だった。
真鍋が持ってきたデータの全てを、榊と二人で確認した。最初から一件ずつ順番に当たった。取得経路が明確なものと、曖昧なものを分けていった。明確なものには印をつけた。曖昧なものには別の印をつけた。判断が難しいものは、榊が法的な観点から評価した。
他の全員は別の席に座って待っていた。眠っている者もいなかった。黒崎は腕を組んで目を閉じていたが、起きていた。蓮はカウンターに肘をついたまま、外を見ていた。藤堂は静かに酒を飲んでいた。梶は仕込みをしていた。夜中の仕込みだったが、手を止めなかった。
夜明けごろに分析が終わった。
結論として、使えないデータが三つあった。
三つだけだった。思っていたより少なかった。しかし三つは三つだ。少なくても、除外するしかない。
その三つを除いた場合、証拠の構造がどう変わるかを組み直した。中心となる主張は変わらなかった。
鷹宮の手口が組織的であること、それが複数の案件で繰り返されていること、炎上の前に接触している事実があること。それらの骨格は残った。ただ、一部の補強データが弱くなった。全体の強度が少し落ちた。
「問題ない」榊は朝方に言った。疲れた声だったが、声の芯は変わっていなかった。「使えない証拠は捨てる。使える証拠だけで戦う。それで十分だ。弱い部分があるまま戦うより、確実なものだけで戦う方がいい。一点でも崩れれば、全体を疑われる」
「弱くなるんじゃないか」真鍋が言った。
「少し弱くなる。しかし、グレーな証拠を使って訴えられた場合、全体が崩れる。一部が崩れれば、全体の信頼性が落ちる。それよりも、確実な証拠だけで積み上げた方が、長期的には強い。鷹宮は合法で来る。こちらも合法で返す。それだけだ」
真鍋は黙って頷いた。
気づいたら、窓の外が白くなっていた。夜と朝の境目を、作業の中で越えていた。
梶が動いた。
誰も頼んでいないのに、厨房で何かが始まった。しばらくして、全員の前に皿が置かれた。玉子焼きと、ご飯と、味噌汁、漬物だった。出汁の香りが、疲れた店の中に広がった。
全員が黙って食べた。
話さなかった。話す必要がなかった。昨夜のことも、これからのことも、今は脇に置いて食べた。こういう時間が、人間には必要だと梶は知っていた。
蓮が途中で箸を止めた。
「梶さん、料理が上手くなった気がする」
少し考えてから言った言葉だった。思ったことを、そのまま言った。
梶は何も言わなかった。
「気のせいか」蓮が続けた。
梶はやはり何も言わなかった。厨房に入り、次の仕込みを始めた。答える必要を感じなかったのか、答えがなかったのか、どちらかはわからなかった。
全員が食べ終えて、それぞれ立ち上がった。榊が書類をまとめた。丁寧にまとめた。真鍋がパソコンを閉じた。黒崎がコートを着た。蓮が洗い物を手伝った。頼まれてもいないのに、皿を洗い始めた。
誰も昨夜の件を蒸し返さなかった。真鍋を責めなかった。真鍋も自分を責める言葉を口にしなかった。終わったことだった。整理して、先に進む。それだけだった。
「鷹宮は合法で攻めてくる」榊が最後に言った。扉に向かいながら、振り返らずに言った。「こちらも合法で返す。それだけだ」
朝の光は眩しかった。




