33話:グレーな部分
鷹宮の反撃は、予想より早く来た。
行政調査への「全面協力」を表明しながら、同時に別の手を打ってきた。常連たちの活動を「組織的な営業妨害」として法的に問う準備を始めたという情報が入った。両面から同時に動く。防御しながら攻める。それが鷹宮のやり方だった。
情報源は、引退ハッカーだった。合法の範囲で取得した情報だった。鷹宮の法務チームが動いているという情報だった。弁護士を複数入れて、証拠収集を始めているという内容だった。
「本気か」黒崎が言った。
「本気だ」榊は答えた。「ただし、こちらが全て合法の範囲で動いている以上、法的には問題ない。来るなら来い。証拠を出して争えばいい。こちらには後ろめたいことがない」
その言葉は、自信を示すためではなく、確認するために言われた。こちらは合法の範囲で動いてきた。その確信があれば、怖くない。その確信を、全員で持っておく必要があった。
しかし、翌日の夜、真鍋が重い顔をして赤ちょうちんに来た。
いつもは仕事の後に来て、すぐ酒を頼む。今夜は入ってきてから、カウンターの端に座ったまま、しばらく黙っていた。酒を頼まなかった。それだけで、何かあると全員がわかった。頼まない夜は、普段の真鍋にはない。
全員が集まるのを待って、真鍋は口を開いた。
「一つ、確認させてくれ」
全員が真鍋を見た。
「最初の段階で、インフルエンサーの拡散経路を調べた時のことだ。引退ハッカーを使って取得したデータの一部に、取得方法が曖昧な部分がある。使ったデータは最終的に合法の範囲のものだけだと思っている。ただ、調査の過程でグレーな部分があった可能性を否定できない。確認が取れていない箇所がある」
沈黙があった。長い沈黙だった。
誰も責めなかった。しかし全員が黙った。それは責めることと同じではないが、受け止めることでもあった。言葉にしなくても、全員がその意味を理解した。
もしグレーな部分が使われていたとすれば、鷹宮の法務チームがそこを突いてくる可能性がある。一点が崩れれば、全体の信頼性が問われる。積み上げてきたものが崩れるかもしれない。
それだけのことが、真鍋の告白の中にあった。
榊がゆっくりと言った。「話してくれ。詳しく。全部話してくれ」
責める声ではなかった。ただ事実を確認しようとしている声だった。法廷では、事実が最初にある。感情は後でいい。今夜も同じだ。
真鍋は説明した。引退ハッカーが保全したデータの中の一部について、取得の過程が不透明な部分があるということだった。引退ハッカーは「合法の範囲でできることをやる」と言っていた。しかし具体的にどの方法を使ったか、真鍋には確認できていない箇所がある。使用したデータ自体は問題ないと思っているが、確認できていない部分については、問題ないとは言い切れない。
それが真鍋の話だった。
夜が深くなった。窓の外が静かになっていた。
梶が動いた。誰も頼んでいないのに、厨房に入った。しばらくして、全員の前に大皿を置いた。天ぷらと焼き鳥の盛り合わせだった。
「いつも通り、食ってから整理しろ」梶は言った。徳利と猪口も人数分準備されていた。
誰も何も言わなかった。ただ箸を取った。
榊は食べながら言った。「今夜中に整理しよう。使えるものと使えないものを、はっきり分ける。曖昧なものは全て除外する。それだけだ」
「弱くなる」真鍋が言った。
「弱くなっても、確実なものだけで戦う。それが唯一の選択肢だ」




