表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居場所を守れ~AI外食コンサルに潰されなかった居酒屋〜  作者: いわん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/60

31話:収穫率

 連絡が来たのは、木曜日の夜だった。

 差出人不明のメールだった。文面は短かった。「お話があります。直接会えますか。公開はしないでください」

 それだけだった。名前もなく、所属もなく、何の話かも書いていなかった。怪しいメールだと判断することもできた。しかし「公開はしないでください」という一文が、榊の注意を引いた。公開を恐れている人間が、リスクを取って連絡してきた。

 榊は返信した。「どこで話しますか。場所はお任せします」

 翌日、指定された場所は駅近くのカフェだった。昼の時間帯で、混んでいた。周囲の話し声が大きい場所を選んだのだろうと、榊は思った。話を聞かれたくない時に、静かな場所ではなく騒がしい場所を選ぶ。かえって会話が聞き取られにくい。それは正しい判断だった。

 来たのは三十代前半の男性だった。小柄で、スーツを着ていたが、くたびれた感じがあった。鷹宮の会社で、マーケティング担当として働いていたという。三ヶ月前に退職していた。目に疲れが見えた。何かを抱えながら生きてきた人間の目だった。決断するまでに時間がかかった人間の目でもあった。

「どうして私に連絡を」

「先日の記事を読みました。蓮さんと真鍋さんのレポートです。あの内容は、私が知っていることと一致しています」男性は少し間を置いた。「私は何かしなければいけないと思った。ずっと思っていた。でもできなかった。家族がいるから。退職してから三ヶ月、ずっと考えていました」

 三ヶ月。退職してから三ヶ月、この話を誰にも言えずにいた。

 男性は鞄から封筒を取り出した。「とある資料を持っています。ただし、お渡しするのは、私の身元を守ってもらうことが条件です。家族に影響が及ぶことは避けたい」

「守ります」榊は言った。「身元は出しません。資料だけを使います。あなたの名前は、どこにも出ません」

 その言葉を、男性は少し考えてから受け取った。信じたわけではなく、信じることにしたという感じだった。封筒を渡した。

 封筒の中には、内部資料のコピーが入っていた。

 榊は一枚一枚、丁寧に確認した。急がなかった。焦って見落とすより、丁寧に確認する方が大事だった。

「収穫率」という言葉が書かれた一枚で、榊は手を止めた。

 店舗を番号で管理した表だった。各店舗の炎上後の客足減少率、買収見込み額の上限、転売時の想定利益が記されていた。そして右端の列に「収穫率」という文字があり、パーセンテージの数字が入っていた。店の名前ではなく番号だったが、住所から特定できるものだった。

 番号の一つに、見覚えのある住所があった。

 人の営みを記号に変えた表だった。三十年続いた店が、番号と数字になっていた。梶の店が、そこにあった。

「これを行政に出せます」榊は言った。声は平坦を保った。「あなたのことは守ります。出所を辿られないようにします」

 男性は頷いた。それだけで、席を立った。もう話すことは何もないという立ち方だった。

 帰り道、榊は藤堂に電話をかけた。「身元保護のための法的コストが必要です。弁護士を立てる必要があります。負担をお願いできますか」

 藤堂はすぐに答えた。「わかりました」

 迷わなかった。それが藤堂という人間だった。

 その夜の赤ちょうちんで、榊は全員に話した。資料の内容を説明した。「収穫率」という言葉の本当の意味を説明した。全員が黙って聞いていた。

 話し終えた後、しばらく誰も何も言わなかった。

 それから全員が頷いた。言葉は要らなかった。決定打が来た。次に何をするかは、わかっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ