29話:排除型行為
榊の調査は、法律の言葉で始まった。
独占禁止法第二条第九項。「不公正な取引方法」の中に、「排除型私的独占」という概念がある。市場における公正な競争を阻害するような形で、競争者を市場から排除するための行為が、これに当たる可能性がある。
鷹宮の手法が、この範疇に入るかどうか。それが榊の調査の出発点だった。感情で裁くのではなく、法律の言葉で問える形にする。法廷の言葉に翻訳できるかどうかが、最終的に物を言う。それが榊の考え方だった。検察官だった頃からずっと、そうだった。
まず事実の確認から始めた。
鷹宮が関わった案件で、炎上が起きた後、同系列のチェーン店が近隣に出店しているケースを調べた。六件中、五件でそのパターンが確認できた。炎上から出店まで、平均して三ヶ月だった。六件のうち五件で同じパターンが出ている。一件なら偶然と言えるかもしれない。五件では偶然とは言いにくい。
しかし偶然でないことの証明が難しい。パターンの一致は、計画の存在を示唆するが、証明はしない。証明するためには、計画そのものの証拠が必要だった。
榊は被害を受けた元店主たちへのヒアリングを始めた。一人ずつ、直接会いに行った。全国に散っていた。一人は遠方まで出向いた。交通費も宿泊費も自分で出した。報酬がある仕事ではなかった。
会う前に手紙を送った。突然訪ねると警戒される。手紙を送っておけば、心の準備ができる。断られることも覚悟していたが、全員が会ってくれた。
「私はもう法廷の人間ではない。ただ話を聞きたいだけです。訴訟の話ではありません。あなたに経験したことを話してもらいたいのです」
この言葉が、相手の警戒を解く場合があった。元検察官が「ただ話を聞きたい」と言う。その不釣り合いな組み合わせが、逆に信頼を生むことがあった。法廷では経験できない場面だった。
五件のヒアリングを終えた時点で、共通するパターンが見えてきた。全員が同じ流れを経験していた。
まず動画やSNSで批判的な投稿が出る。客足が落ちる。そこへ鷹宮の会社が「再生支援」として接触してくる。最初は親切な顔をしている。提示される買収額は、下がった売上に基づいた計算で、通常より低い。それを指摘しても、「市場価値に基づいた適正な価格です」という答えが返ってくる。断ると、さらに追い詰められる。手法は変わる。しかし追い詰めること自体は止まらない。
一人の元店主が言った。「鷹宮さんの会社から来た人間が、炎上する前に一度下見に来ていました。あの時はなんとも思わなかったけど、今考えると、最初から狙われていたんじゃないかと」
榊はその言葉を聞いた時、手元のペンを止めた。
炎上の前に接触している。それは、炎上を予見していたか、あるいは計画していたかのどちらかを示している。前者であれば、内部情報があった可能性がある。後者であれば、計画的な行為だ。どちらにせよ、偶然の一致ではない。
時系列が合う。五件中、四件で同じ証言が出た。
榊は静かにメモを取り続けた。
「ただし立証には内部資料が必要だ」榊はその夜、赤ちょうちんで言った。全員が集まっていた。「証言だけでは証拠として弱い。状況証拠は揃ってきたが、決定打がない。内部から出てくる人間を待つしかない。それだけが、今私に言えることだ」
誰も何も言わなかった。待つ。それがどのくらいかかるのかは、誰にもわからなかった。




