28話:また来い
三週間かかった。
真鍋のSNS分析データと、蓮の食品評価データを組み合わせる作業は、細かかった。データの定義を合わせる作業から始めた。真鍋が使っている「リピーター」の定義と、蓮が使っている「リピーター」の定義が、微妙に違っていた。どちらかに合わせるか、あるいは新しい定義を作るか。その議論だけで二日かかった。
比較可能な形に整え、第三者が見てもわかる構造にする。どちらかが先走れば、全体の信頼性が落ちる。細かい確認を怠れば、後で穴を突かれる。丁寧にやるしかなかった。
三週間の最後の夜、二人は赤ちょうちんのカウンターで並んで座り、完成した資料を確認した。
「これで行けます」真鍋が言った。
「行けます」蓮も言った。
完成したのは、一枚のレポートだった。
中心にあるのは一つの問いだった。「短期の集客効率を最大化した店舗は、長期的に持続可能か」
答えは、データが示していた。
鷹宮の再生店舗は、開業から六ヶ月後にリピーター率が急落する。最初の半年は話題性で客が来る。しかし話題性が薄れると、リピーターのいない店には客が来なくなる。その後、広告費を増やすことで来客数を維持しているが、広告費が収益を圧迫する。収益率は下がり続けている。広告費を削ると売上が落ちる構造になっている。自走できない体質だった。
一方、赤ちょうちんのようなリピーター型の店舗は、成長は遅いが収益の安定性が高い。広告費がなくても客が来る。来るたびに、また来る。その積み重ねが、長期の収益を作る。
「短期で稼いで売り抜ける」という鷹宮のモデルは、売った後の買い手側のリスクが高いということを、データは示していた。鷹宮は利益を出して次に渡す。しかし渡された側は、自走できない店舗を抱えることになる。買い手が損をすれば、市場でのモデルの評判が落ちる。
業界メディアに送った。翌日、大きく取り上げられた。
「外食チェーン買収モデルに長期的リスク、データが示す」
関連会社の株価が五パーセント落ちた。鷹宮の会社だけでなく、同様のモデルを採用している複数の会社が影響を受けた。業界全体の問題として報じられたことで、鷹宮個人への批判にはなりにくい形になった。鷹宮一人を標的にするより、業界全体の問題として出した方が、反論しにくい。それが真鍋の判断だった。
しかし影響は確実に出た。
その夜、全員が集まった。
榊がゆっくりと言った。「次は俺の番だ」
口調に迷いがなかった。ここまで法的な助言役に徹してきた榊が、自分が前に出ると言った。それだけで、全員が少し表情を変えた。
蓮は頷いた。立ち上がり、コートを着た。自分の役割は終わった。データを作り、出し、蓮にできることはやった。あとは次の人間が動く。バトンを渡す時だった。
梶が厨房から声をかけた。
「また来い」
蓮は振り向かなかった。振り向かずに手を挙げた。暖簾をくぐって、路地に出た。
夜の路地を少し歩いてから、蓮は気づいた。顔が笑っていた。誰にも見えない場所で、一人で笑っていた。理由を言葉にしなかった。しかし、その笑いは確かにそこにあった。




