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居場所を守れ~AI外食コンサルに潰されなかった居酒屋〜  作者: いわん


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27話:泥仕合にするな

 鷹宮の反撃は、翌週に来た。

 業界誌に寄稿が出た。「感情論で経営判断をする危険性」という題だった。著者名は鷹宮だった。直接の反論ではなく、論文の形を取っていた。論文の形を取ることで、個人的な争いではなく、学術的な議論として見せる意図があった。

 内容は丁寧に書かれていた。蓮のデータを直接批判するのではなく、「感情的な満足度と経営指標は別物である」という論点から始め、ブラインドテストの手法と、リピーター率の解釈に疑問を呈した。一つ一つの指摘は、それだけ取り出せば反論できる内容だった。しかし全部並べると、蓮のデータ全体が揺らぐように見える。

「サンプル数が五十名では統計的有意性が低い」「リピーター率の定義が曖昧だ」「比較対象の店舗が適切に選ばれていない可能性がある」「滞在時間と収益性の相関は一概には言えない」

 一部の専門家が同調するコメントを出した。「確かに手法に問題がある」という意見も出た。全員が同調したわけではない。反論する専門家もいた。しかし賛否が割れたということは、蓮のデータが「確実な証拠」ではなくなったということでもあった。

 蓮は反論を書き始めた。

 サンプル数についての補足から始めた。五十名で統計的有意性がないとは言えないという説明を書いた。次にリピーターの定義を書いた。比較対象の選定基準を書いた。書いていくうちに、文章が長くなった。一つの指摘を補足すれば、次の指摘が来る。反論が反論を生んで、議論が拡散していく。気づいたら、自分が問われる側に回っていた。

 電話が鳴った。榊だった。

「反論すれば泥仕合になる」榊は言った。声は静かだったが、はっきりしていた。「読む人間は、論点ではなく、どちらが感情的になっているかを見る。長い反論を書けば、感情的に見える。反論すれば、鷹宮の土俵で戦うことになる。鷹宮は論争が得意だ。議論を長引かせることで相手を疲弊させる。そこで戦っても勝てない」

「では黙っているのか」蓮は言った。黙ることへの抵抗が声に出た。

「黙るのではなく、次の証拠に集中する。データが強ければ、反論する必要はない。強いデータが出れば、古い反論は自然に色を失う。論点を変えずに、証拠を積み上げ続ける。それだけだ」

 蓮は書きかけの文章を見た。長くなっていた。全部消した。

 正しい判断だとわかっていた。わかっていても、悔しかった。言い返したかった。しかし言い返せば負ける。悔しさと正しさが、同時にそこにあった。

 翌日、真鍋に連絡を入れた。

「俺のデータと真鍋さんのデータを合わせれば、もう少し強い証拠になる気がする。一度話せますか」

 真鍋は少しの間考えた。電話口の向こうで、何かを確認するような間があった。「合わせてみましょう。どういう組み合わせが有効か、考える価値はある。時間を作ります」

 その夜、赤ちょうちんで二人が会った。

 梶が熱燗を出した。頼まれてもいないのに出てきた。梶は何も言わなかった。ただ出した。蓮と真鍋は受け取って、それぞれ一口飲んだ。

「どこから始めますか」真鍋が言った。

「俺のデータから見せる」蓮は答えた。

 二人は深夜まで話し込んだ。それぞれが持っているデータの形を確認して、組み合わせ方を考えた。真鍋のSNS分析と、蓮の食品評価データは、見ている角度が違った。その違いが、組み合わせた時に強みになる可能性があった。

 梶は厨房で仕込みをしながら、二人の話を聞いていた。内容は難しかったが、声の質はわかった。仕事をしている人間の声だと思った。


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