26話:俺にできることはここまでだ
データをさらに積み上げることを、蓮は選んだ。
ブラインドテストの結果だけでは、鷹宮の反論を完全に封じることはできない。「サンプルが小さい」「主観的だ」という批判は続いた。反論するたびに議論が広がった。広がること自体は悪くなかったが、蓮が本当に示したかったのは議論ではなく、数字だった。繰り返し出てくる数字が、最終的に言葉より強い。
蓮は三ヶ月分の実績データを集めることにした。
赤ちょうちんのリピーター率と滞在時間を記録した。来た客が再び来たかどうかを追跡した。梶には断りを入れた。客の動きを数字で追うことへの協力を頼んだ。梶は「好きにしろ」と言った。それが了承だった。
鷹宮の再生店舗の公開データと比較できる形に整えた。公開されているデータだけを使い、推測は入れなかった。推測が一つ入れば、全体の信頼性が揺らぐ。公開データだけで勝負する。
三ヶ月が経った。
結果は明確だった。
赤ちょうちんのリピーター率は、鷹宮の再生店舗の二倍以上だった。滞在時間は三十分以上長かった。客単価は確かに低い。一度の来店で払う金額は、再生店舗の方が多い。しかし一人の客が一年間に来る回数で計算すると、赤ちょうちんの方が長期的な収益性が高い試算になった。
「短期の集客に成功しても、長期収益が落ちる構造だ」蓮は言った。「効率化によって失われるのは、リピーターだ。リピーターが来なくなれば、広告費を使い続けなければ売上が維持できない。広告費がかかる分、収益率が下がる。それは長期的には持続可能ではない。数字を見れば、そう出る」
感覚の話をしていない。数字で話した。鷹宮が使う言語で、鷹宮に反論した。
業界メディアが大きく取り上げた。
「効率化モデルの持続可能性に疑問」という記事が出た。記事は蓮の名前を出さなかったが、データの出所として食品研究者の名前が使われた。第三者の口から出たことで、データの信頼性が担保された。投資家の一部が、鷹宮の会社の長期収益性について問い始めた。株価がさらに落ちた。一パーセントに満たない動きだったが、続いていた。
その夜、蓮は常連会議でデータを共有した。全員が黙って聞いた。話し終えると、しばらく誰も何も言わなかった。数字が語っていた。付け加える言葉がなかった。
蓮は静かに座った。
「俺の仕事はここまでだ」
誰も何も言わなかった。
しばらくして、梶が言った。
「お前、昔より顔が良くなったな」
蓮は照れた。顔の筋肉が動いたのが自分でわかった。そういう顔をしたのが久しぶりだった。何年ぶりかわからないくらい久しぶりだった。自分の顔が動いたことに、驚いた。
黙って酒を飲んだ。
梶は何も続けなかった。ただ酒を注ぎ直した。それで十分だった。蓮には、それが梶の言葉だとわかった。顔が良くなった。それだけだったが、それ以上の言葉は要らなかった。




