23話:タイマーだらけの厨房
鷹宮が再生した店を、蓮は五件回った。
全て、外から見れば申し分なかった。内装は洗練されていた。照明の使い方がうまく、食べ物が映える。SNSに投稿したくなるような見た目だった。どの席に座っても、スマートフォンを構えたくなる角度に何かが置いてある。そういう設計だった。
メニューは絞り込まれていて、わかりやすい。注文はタブレットで、会計はスムーズだった。客が操作に迷う場面がない。迷わせない設計になっている。スタッフへの声かけが不要だから、客は孤立しながらも居心地が悪くない。それも計算のうちだと、蓮には見えた。
しかし蓮の目は厨房を見ていた。
最初の店では、客として入りながら、厨房の方向に自然と視線を向けた。職業病だった。客席から厨房は見えないが、スタッフの動きは見えた。見えたのは、調理スタッフが冷凍パックを電子レンジに入れている場面だった。手際がよかった。迷いがなかった。ただ、その手際は料理の手際ではなかった。
二軒目では、厨房から音がした。料理をする音ではなかった。タイマーが七つ並んでいた。それぞれの音が鳴るたびに、スタッフが機械的な動作で皿に移し替えていた。包丁の音がしなかった。まな板の音もしなかった。火を扱う音も、ほとんどなかった。厨房にいるのに、料理の音がしない。それが蓮には奇妙に感じられた。
三軒目では、スタッフが三人いたが、誰も包丁を使っていなかった。野菜も肉も、全て切り分けられた状態で届いていた。彼らの仕事は、届いたものを組み合わせて皿に盛ることだった。それは料理ではなかった。
四軒目、五軒目も同じだった。
「わかった」蓮は五軒目を食べながら呟いた。「これは厨房ではない。組み立て工場だ。食材を温めて、盛り付けて、出す。それだけだ。料理をしていない」
料理とは何かを定義する気はなかった。ただ、蓮が三十年かけて積み上げてきたものと、これが別のものだということはわかった。
客は写真を撮り、すぐ帰った。長居している客がほとんどいなかった。食べて、撮って、投稿して、帰る。その流れが、店の設計に組み込まれていた。居心地をよくしない設計だった。居心地がよくなれば、長居する。長居すれば、席の回転が落ちる。
滞在時間を短くすることで回転率を上げる。それが鷹宮の効率化の中心だった。数字として正しかった。
蓮はメモを取りながら、自分の過去を思った。
三十二歳で店を出した時、最初の二年は手応えがあった。自分で仕込んだ食材を使い、その日の素材に合わせて料理を変えた。常連が増えた。客が友人を連れてきた。厨房に立っている時間が好きだった。
三年目から数字が落ちた。コンサルを入れた。「仕込みに時間をかけすぎている」と言われた。「メニューを絞れ」と言われた。「外注できるものは外注しろ」と言われた。その通りにした。数字は一時的に戻った。しかし、ある日気づいた。厨房に立っていても、何も面白くないと。料理をしている感覚がなかった。今日の五軒の厨房のスタッフと、同じ状態だった。
結局五年で閉めた。
赤ちょうちんに戻り、梶の出汁を一口飲んだ。変わらない味だった。今日も、昨日も、十年前も、同じ味だった。仕込みに四時間かけて作る出汁の味だった。セントラルキッチンでは出せない味だった。タイマーでは出せない味だった。なぜ出せないかを言葉にするのは難しかった。しかし出せないことは、蓮には確信があった。
「やっぱり違う」蓮は言った。
梶は何も言わなかった。ただ酒を出した。それで十分だった。言葉で答える必要がなかった。ただ酒を出すことが、答えだった。




