22話:次は俺の番
鷹宮の次の手が来たのは、一週間後だった。
再開発計画の一部を修正した発表だった。住民説明会の要請に応える形で、計画の透明性を高める変更を加えたという内容だった。具体的には、説明会の開催と、住民への情報提供の方法を明確にするというものだった。変更は表面的なものだったが、行政の要件を技術的には満たしていた。問題を解決したわけではなく、問題があると言えなくしただけだった。しかしそれで十分だった。
「一時停止が解除される可能性がある」榊は言った。「行政がこの修正を受け入れれば、計画は再開する。法的には止める手段がない」
「それは防げないのか」黒崎が聞いた。
「法的には難しい。修正した内容が要件を満たしている以上、行政は受け入れざるを得ない。私たちにできることは、修正の内容が実質的に不十分であることを指摘することだが、それだけでは一時停止の継続は難しい。行政も、根拠なく止め続けることはできない」
黒崎は唸った。「一手ごとに対応されたら埒が明かない。こちらが手を打てば、向こうも即座に対応してくる。合法の範囲で常に一手先を読んでいる。後手に回り続けている」
「鷹宮は常に合法の範囲で、しかし確実に動く」榊は言った。「それが相手の強みだ。感情を排除して、数字だけを見ているから、判断が速い。迷わない。迷わない人間と、慎重に動かなければならない人間では、速度が違う」
沈黙があった。
誰も即座には答えられなかった。鷹宮の手を止める方法が、今の段階ではなかった。一時停止は得られた。しかし次に打てる手が見えなかった。
蓮が口を開いた。「俺の番じゃないのか」
全員が蓮を見た。
「ここまでは真鍋と黒崎が動いた。次は俺だ」蓮は続けた。「料理の話なら俺の方が詳しい。鷹宮が再生した店の食い物の話で、俺には言えることがある。数字じゃなくて、料理人として言えることがある。料理人の目で見れば、あの店が何をしているかは一目でわかる」
「どう使う」真鍋が聞いた。
「わからない。ただ、見てから考える。見ないことには始まらない。俺が動けることは、食って記録することだ。それをやる」
黒崎は少し考えてから頷いた。「頼む。俺のやり方じゃ、そこには届かない。数字や書類では見えないものが、料理にはある」
蓮は立ち上がり、コートを羽織った。動作に無駄がなかった。決めた後の人間の動き方だった。
「鷹宮が再生した店を、もう一度食いに行く。今度はきちんと記録する。シェフとして、同業者として、数字に変換できる形で記録する。感覚の話を、できる限り言葉にする」
その目に、何かが戻っていた。梶はそれを見た。かつての料理人の目だと思った。店を潰してから消えていた光が、今夜初めて戻っていた。何年ぶりかわからない。しかし確かに戻っていた。食べることへの興味、料理することへの興味。それが目の中にあった。
蓮が暖簾をくぐって出ていくのを、梶は見送った。
背中を見ながら、梶は思った。あの目は、店を出した頃の目だ。最初の二年、手応えがあった頃の目だ。そういう目をした人間が料理したものは、冷凍パックとタイマーでは出せない何かを持っている。それが数字にならないことは、梶にはわかっていた。
翌日から、蓮は動き始めた。




