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居場所を守れ~AI外食コンサルに潰されなかった居酒屋〜  作者: いわん


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16話:俺の仕事はここまでだ

 藤堂が動いたのは、翌週だった。

 具体的に何をしたのか、真鍋にも榊にも教えなかった。「ルートがある」とだけ言って、それ以上は話さなかった。どんなルートを使ったのか、誰に何を依頼したのか、その詳細は誰も知らなかった。知る必要があれば教えると、藤堂は言っていなかったが、全員がそう理解した。

 結果として、炎上マーケティングの内部資料の一部が流出した。

 出所は不明だった。どこから出たのか、誰が流したのか、報道では特定されなかった。ただ、資料の内容は本物だということが、複数の元社員の証言によって裏付けられた。証言者の名前は出なかった。現役社員ではない、退職した人間たちだった。しかし複数の人間が同じ内容を確認した。複数が一致すれば、証拠の重みが変わる。

 資料には「収穫率」という言葉があった。

 各店舗の買収見込みを数値化した表で、炎上後の客足減少率、買収提示額の上限、転売時の想定利益が一覧になっていた。店の名前ではなく、番号で管理されていた。人の名前が書かれた欄はなかった。しかし、その番号の一つに、赤ちょうちんに対応するデータが含まれていることが、後で確認された。番号で管理することで、誰かの店だという実感が失われる。それが、この資料の最も冷たい部分だった。

 メディアが飛びついた。

「収穫率という言葉が示すもの」という見出しで、夕方のニュースに取り上げられた。コメンテーターが「倫理的な問題がある」と述べた。別のコメンテーターが「しかし合法の範囲を超えていない可能性がある」と返した。議論は続いた。どちらが正しいかではなく、議論が続くこと自体が意味を持っていた。しかし何より、「収穫率」という言葉が世間に広がった。人の営みを番号と数字で処理することを、その言葉が示していた。

 翌朝、鷹宮が会見を開いた。

「この資料は改竄されたものです。内容に事実と異なる点が含まれています。法的な対応を検討しています」

 声は今回も平坦だった。しかし目の動き方が、前回とわずかに違った。わずかに、しかし確実に違った。計算の速度が上がっていた。それだけのことだったが、真鍋にはわかった。

 複数の元社員が沈黙で応じた。否定はしなかった。ただ、何も言わなかった。否定しないことが、否定できないことを示していた。その沈黙が、鷹宮の言葉より多くを語った。

 スポンサー企業がもう一社、インフルエンサーとの契約解除を発表した。

 その夜、真鍋は赤ちょうちんのカウンターに座り、しばらくモニターを見ていた。それから静かに閉じた。

「俺の仕事はここまでだ」

 静かに言った。それ以上でも以下でもなかった。自己評価でも謙遜でもなかった。ただ、今の自分にできることをやりきった、という言葉だった。

 黒崎が立ち上がった。「次は俺の番だな」

 そう言って、グラスを置いた。立ち上がる前に、一口だけ飲んだ。その一口が、覚悟の一口に見えた。

 梶が珍しく笑った。声を出して笑ったわけではない。口元が緩んだだけだった。しかし全員がそれを見た。久しぶりに見る表情だった。何週間ぶりだろう、と思った人間が、全員の中に一人はいたはずだ。あの日から、梶の顔からこういう表情が消えていた。

 梶は黙って全員の酒を注いだ。今夜は少し遅くまで、全員が飲んだ。話すことは多くなかった。ただ、その夜の赤ちょうちんには、しばらくなかった何かが戻ってきていた。


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