15話:頭数で来た
一週間後、赤ちょうちんへの新規客が戻り始めた。
ゆっくりとした戻り方だった。週に一、二人という程度だったが、それまで完全に止まっていたことを考えれば、変化だった。SNSで「実は批判的な投稿が不自然だった」という話が出始め、行ってみようという人間が少しずつ増えていた。
梶は何も言わなかった。いつも通りに仕込みをして、いつも通りに酒を出した。新しい客が来ても、いつもと同じように接した。特別に愛想よくするわけでも、意識して無愛想になるわけでもなかった。ただいつも通りだった。
しかし鷹宮は手を緩めなかった。
真鍋が気づいたのは、木曜日の夜だった。三人の新しいインフルエンサーが、それぞれ別々のタイミングで、赤ちょうちんに関するコンテンツを出し始めた。一人が出して様子を見るのではなく、三人が時間差で出してくる。連携しているように見えないが、効果は連携している。
一人目は「昭和レトロの店を訪問」という切り口だった。悪口ではなく、むしろノスタルジーを前面に出した内容だったが、最後に「今の時代に合っているかは疑問」という一文があった。その一文だけが、鋭かった。
二人目は食のコスト分析を専門とするアカウントで、「この価格帯で生き残るためには何が必要か」という記事の中で赤ちょうちんを事例として挙げた。数字だけを並べた内容だったが、数字の見せ方が巧みで、不利な印象を与えた。悪意を感じさせない悪意だった。
三人目は地域情報を発信するアカウントで、再開発エリアの変化を追う記事の中で、赤ちょうちんの「不透明な将来性」に触れた。事実を並べながら、結論を誘導する書き方だった。
三つとも、名指しの批判ではない。しかし組み合わさると、「この店は時代に合っていない、将来性が不安だ」という印象を作り出す。一つ一つは問題にならないが、組み合わせれば効果がある。そして三つを組み合わせているのは、読者自身だ。読者が勝手に結論を出す。それが最も巧妙な手口だった。
「頭数で来た」真鍋はカウンターで言った。「一人を潰しても、三人で来る。しかも今度は直接批判ではなく、印象操作に切り替えてきた。前回より巧妙だ。こちらの対応を研究している。研究した上で、対応しにくい形に変えてきた」
「対応できるか」榊が聞いた。
「一人ずつ追っている時間はない。三人同時に対応しようとすれば、証拠の質が下がる。どれか一つに絞るしかないが、絞れば残りが機能し続ける。どこを叩いても完全には止まらない構造になっている」
沈黙。
全員がその難しさを理解した。完全に止める方法がない。部分的に対応するしかない。しかし部分的な対応では、効果が限定される。
藤堂が静かに口を開いた。珍しかった。
「真鍋さん、あなたが持っているデータを、私に預けてもらえますか」
全員が藤堂を見た。
「私のルートで出せば、別の見え方になる。真鍋さんが集めたデータは、出し方次第でまだ使える。三人に同時に対処できる形に組み替えられるかもしれない。一人ずつ叩くのではなく、構造全体を見せる形で出す」
真鍋は少しの間、藤堂を見た。藤堂が何を持っているのか、どんなルートがあるのか、真鍋には詳しくわからなかった。この男が何者なのかを、真鍋は正確には知らない。ただ、長年一緒に酒を飲んできた。その時間が、藤堂の言葉に対する信頼の根拠になっていた。
「使い方は任せます」真鍋は言った。
藤堂は頷いた。その頷き方は静かだったが、確かだった。今夜まで静かに見ていた人間が、動くと決めた時の頷き方だった。
梶が全員の酒を注ぎ直した。誰も何も言わなかった。ただ酒を受け取って、飲んだ。




