14話:事実だけを公表する
準備に、結局十日かかった。
第三者機関のSNS健全性レポートとして公表するためには、データの出所を隠しながら、客観性を担保する形を作る必要があった。引退ハッカーが形を整え、榊が法的な問題がないことを確認した。どの言葉が問題になるか、どの数字をどう見せるか。一文ずつ確認した。一箇所でも問題があれば、全体の信頼性が崩れる。
真鍋は自分の名前を出さなかった。データだけを出した。誰が集めたかではなく、何が示されているかだけを出す。個人が出せば、その個人の動機を問われる。動機を問われれば、データの客観性が揺らぐ。第三者として出すことで、データはデータとして受け取られる。それが正しいと判断した。
レポートは業界メディアに送られた。取り上げるかどうかは向こうが決める。真鍋にコントロールできることはそこまでだった。出した後は待つしかない。待ちながら、次のデータを集め続けた。
翌朝、二つのメディアがレポートを取り上げた。
「SNS上の飲食店評価に異常な拡散パターン、第三者機関が指摘」
記事は控えめな書き方だった。特定のインフルエンサーを名指しはしていない。ただ、業界全体の問題として、偽装フォロワーによる拡散が行われている可能性を指摘した。データと数字を示し、事実だけを述べた。主張ではなく、事実だけ。それが真鍋の指示だった。
その日の午後、赤ちょうちんを批判した動画のインフルエンサーが反論を出した。
「私のフォロワーは全員本物です。このようなレポートには根拠がない。名誉毀損で訴える可能性もある」
反論は予想していた。予想していなかったのは、その反論の内容だった。インフルエンサーは具体的な数字を出した。フォロワー数と、フォロワーの属性データだった。自分のフォロワーがいかに本物であるかを、数字で示そうとした。
真鍋はその数字を見て、即座に気づいた。
辻褄が合わない。
出してきた数字と、引退ハッカーが保全したデータの数字が食い違っていた。同じフォロワーについての数字なのに、一致しない箇所がある。どちらかが正確でない。そしてどちらが正確でないかは、状況から見て明白だった。反論しようとして、むしろ矛盾を示してしまった。
追加検証の記事が、翌日に別のメディアから出た。数字のズレを指摘した内容だった。短い記事だったが、核心を突いていた。誰かが気づいた。気づいた人間が記事にした。それだけのことだが、それで十分だった。
スポンサーが一社、インフルエンサーとの契約解除を発表した。
その夜、鷹宮は会見を開いた。
「私はこの件に一切関与していません。第三者機関のレポートとされているものの出所も、その信頼性も、確認できていません。根拠のない憶測には適切に対応します」
声は平坦だった。感情を乗せようとしていないというより、感情が必要ないという声だった。感情は判断を曇らせる、という信念が、声にも出ていた。
真鍋はその会見をモニターで見た。鷹宮の目には何もなかった。動揺も、焦りも、怒りも。ただ、事態を計算している目だった。否定することで時間を稼ぎ、次の手を準備している。どの情報が出て、どの情報がまだ出ていないかを、今この瞬間に整理している。そういう目だった。
その目を見て、真鍋は一つのことを理解した。鷹宮にとって、今夜の会見は終わりではない。次の手の準備だ。
真鍋は静かに、次のファイルを開いた。この程度では終わらない。まだ始まったばかりだ。




