12話:時間との勝負
過去の炎上案件を照合する作業は、地道だった。
真鍋は三台のモニターに、鷹宮が関わった六件の案件データを並べた。各案件で使われたインフルエンサー、投稿日時、拡散の波形、その後の買収のタイミング。一件ずつデータを重ねていくと、パターンが見えてきた。
全て、同じ形をしていた。
投稿から七十二時間以内に集中的な拡散が起き、その後自然拡散に移行する。拡散源の地域分布が不自然にバラついている。コメントの投稿時間帯が特定の時間帯に偏っている。コメントの文体に類似性がある。個々の案件では偶然の範疇に収まるかもしれない。しかし六件全てで同じパターンが出ている。六件全てで、だった。
「偶然では出ない数字だ」真鍋は呟いた。
しかし偶然ではないことと、意図的であることは違う。意図的であることと、鷹宮が発注したことも違う。証拠の連鎖が切れている。パターンの一致を示しても、因果関係の証明にはならない。法廷で使える証拠にはならない。
榊に見せると、榊はしばらく黙ってデータを見てから言った。「パターンの一致だけでは動けない。ただ、開示請求の根拠にはなるかもしれない。広告代理業者のサーバーへの合法的なログ開示請求を検討する価値がある。時間はかかるが、正規の手続きを踏む以外に方法はない」
「時間がかかる」
「かかる。それでも、正規の手続きを踏む以外に方法はない。急いで間違いを犯せば、全てが崩れる。一つの誤りが、積み上げてきた全てを無効にする」
「わかった」
真鍋は引退ハッカーに連絡を入れ、開示請求の準備を進めるよう依頼した。法的な手続きを進めながら、並行してデータの収集を続ける。二本立てで動く必要があった。どちらかが欠ければ、もう一方も意味を失う。
そして三日後、動きが始まった。
鷹宮側がデータの削除を始めたのだ。
引退ハッカーが気づいたのは、削除が始まってから十二時間後だった。気づくのが遅れたのは、削除が巧妙に分散して行われたからだった。一度に大量に消せば気づかれる。少しずつ、複数のサーバーから、時間をずらして消す。そういうやり方だった。
「消している」引退ハッカーが電話口で言った。声に緊張があった。「拡散に関連するログが、複数のサーバーから削除されている。誰かが動きを察知した。こちらの動きが漏れているか、向こうが先を読んでいるかだ。どちらにせよ、まずい」
「どのくらい消えた」
「三割程度だ。ただ、まだ削除が続いている。このままでは二日後には半分以上が消える。時間との勝負だ」
「止められるか」
「合法の範囲では止められない。こちらにできることは、消える前に保全することだけだ。今すぐ動く。ただし、保全できる量には限界がある。全部は無理だ」
「保全してくれ。今すぐ。できる限り」
引退ハッカーは電話を切った。
真鍋は椅子から立ち上がり、部屋を歩いた。部屋を歩きながら考えた。向こうはこちらの動きを知っている。誰かが情報を流しているか、あるいは鷹宮自身が先を読んでいるかだ。いずれにせよ、時間との勝負になった。
急げば証拠の質が下がる。一つ一つの確認を省略すれば、後で使えない証拠になる可能性がある。しかし急がなければ証拠が消える。消えた証拠は戻ってこない。どちらを取るか、という問題ではなかった。両方を同時にやるしかない。急ぎながら、丁寧に。矛盾しているが、それ以外に方法がなかった。
その夜、赤ちょうちんで真鍋は黒崎に話した。黒崎は黙って聞いていた。梶が肴を出した。今日は風呂吹き大根に揚げ出し豆腐だった。誰も料理の話をしなかったが、全員が箸を動かした。話すことよりも、食べることの方が、今夜は必要だった。梶が珍しく、自分の猪口に酒を注いで飲んだ。その一口が、今夜の店の空気を少しだけ変えた。




