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【完結済】居場所を守れ~AI外食コンサルに潰されなかった居酒屋〜  作者: いわん


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11話:突破口は必ずある

 真鍋のオフィスには、三台のモニターが並んでいた。

 引退ハッカーから最初のデータが届いたのは、依頼から四日後だった。インフルエンサーの動画の拡散経路を追った結果だった。見やすく整理されていたが、内容は複雑だった。一見して読める数字ではなかった。それなりの知識がないと、何を示しているのかがわからない。

「投稿から最初の一時間で、海外のサーバー経由でブーストがかかっている」引退ハッカーは電話口で言った。「IPアドレスの分布がバラバラすぎる。自然拡散ではこのパターンは出ない。十七カ国から、ほぼ同時にアクセスが来ている。どう見ても不自然だ。人間の動きじゃない」

「広告代理業者が介在しているか」

「可能性は高い。ただ、名義がダミー会社になっている。法人登記はあるが、実態がない。こういう会社を複数経由させることで、発注元を見えにくくしている。よくある手口だ。見えにくいだけで、消えてはいない」

「合法の範囲で追えるか」

「追えるところまでは追う。ただ、ダミー会社の壁を超えるには、向こうのサーバーに入る必要が出てくる。そこから先は合法じゃない」

「そこから先は要らない」真鍋は言った。即答だった。迷いがなかった。

「わかった。合法の範囲でできることをやる。期待はするな」

「している」

 電話を切ってから、真鍋は椅子に深く座った。

 かつての自分なら、「ここから先は要らない」とは言わなかった。目的のためなら手段を選ばなかった。それが正しいとすら思っていた。証拠があれば不正を暴ける。不正を暴けば正義が実現する。その論理は単純だった。単純だから疑わなかった。

 七年前に踏み止まったのは、結局、臆病だったからかもしれない。証拠を掴んで、事件を解決して、それで終わりにできたかもしれない。あの時に一線を越えていれば、違う結果になったかもしれない。クライアントは損害を受けなかったかもしれない。

 しかし踏み止まったことで、今がある。今、赤ちょうちんのために動いている。それが正しいかどうかはわからないが、今の自分はそう選んでいる。選んでいるということは、責任を持つということだ。そして今回も、同じ選択をする。同じ選択をするから、同じ責任を持つ。

「合法でやる。時間がかかっても」

 真鍋は三台のモニターに向かい、データの解析を始めた。数字を並べ、パターンを探し、証拠になり得るものを積み上げる。地道な作業だった。華がなかった。しかし地道にやるしかない。地道にやれば、必ず何かが見えてくる。それが真鍋のやり方だった。


 同じ頃、鷹宮は新しいインフルエンサーと契約の話を進めていた。一人ではなく、三人同時だった。業態も発信スタイルも異なる三人が、それぞれ別の角度から赤ちょうちんを取り上げる予定だった。直接批判するわけではない。ただ、印象を作る。印象が積み重なれば、事実になる。そういうやり方だった。

 情報はその日の夕方、真鍋のもとに届いた。引退ハッカーが合法の範囲で拾ってきた情報だった。

「頭数で来るつもりだ」真鍋は呟いた。一人を潰しても、三人で来る。三人を相手にすれば、証拠の質が落ちる。鷹宮はそれを計算している。

 こちらがデータを積み上げている間に、向こうは次の手を打ってくる。速度が違う。鷹宮は常に合法の範囲で、しかし迷わずに動く。こちらは証拠を集めながら、慎重に動かざるを得ない。迷わない側と、慎重な側では、迷わない側の方が速い。その非対称さが、この戦いの難しさだった。

「突破口は必ずある」

 真鍋は自分に言い聞かせた。どんなに綺麗に見える構造にも、必ずどこかに穴がある。完璧な設計は存在しない。穴がないように見えるだけで、穴はある。時間をかければ、見つけられる。見つけられるという確信だけが、今の真鍋を支えていた。確信の根拠は、経験だった。これまで必ず見つけてきた。

 その夜、赤ちょうちんで梶が出した肴は、焼き鮭と山菜の天ぷらだった。真鍋は一口食べて、日本酒をあおった。少し気持ちが落ち着いた。こういう味が、長い夜を支えることがある。数字では測れない何かが、そこにあった。


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