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第29話

ジェディーの身体から溢れ出たのは、これまでとは全く異なる、悍ましい深緑色の煙だった。

その煙は猛烈な勢いで全方位へと放射され、一瞬にして戦場全体を覆い尽くしていく。

只ならぬ危機感を察知したミランダが、鋭く声を張り上げた。

「嫌な感じがする。全員、下がれ!!」

ミランダは即座に魔力を放出し、厚い氷壁のドームを展開してクーデリカやリューネ、周囲の仲間たちを瞬時に囲い込んだ。

咄嗟に各々の防御魔法を展開できた数人は難を逃れたが、逃げ遅れて緑の煙を僅かでも吸い込んだ者たちは、その場で激しく吐血したり、身体の痺れを訴えて次々と意識を失っていった。

「な、んだこれ……! あいつの魔法に、こんな効果はなかったはず……っ!」

誰かの悲鳴が響く。

毒気を孕んだ最悪の緑煙は、意思を持つかのようにジワジワとジェディーに集まっていった。

ジェディーは半径二メートルほどの濃厚なガスを纏いながら、白目を剥き、完全に無意識の状態でゆらゆらと不気味に歩いている。カプセルを飲み込んだことによる魔力の暴走に、精神が乗っ取られているのは明白だった。

「風魔法だ!あの毒ガスを吹き飛ばせ!」

ミランダの指示を受け、生き残った風魔法の使い手たちが一斉に突風を巻き起こす。しかし、ジェディーを包むガスは一瞬だけ霧散するものの、彼女の身体から果てしなく湧き出てすぐに元に戻ってしまう。

レギオンのメンバーが、風魔法でガスを吹き飛ばした一瞬の隙を突き、ジェディーを直接叩き伏せようと飛び込んだ。

「やめろ!」

ミランダが叫ぶが、その声は届かなかった。

肉体がジェディーのガスに僅かに触れた瞬間、激しい拒絶反応を起こして意識を混濁させ、まともに動くことすらできずに崩れ落ちた。

吸い込むどころか、触れるだけで神経を侵し、身体を機能停止に追い込む最凶の毒ガスへと変貌していた。

「これはもはや夜会の戦いじゃない」

氷のドームの中でそれを見ていたミランダの目が、鋭くなる。

「やってやるよ」

あの怪物を放置すれば全員が呑まれる。リューネはガスを浴びる覚悟で、拳を握り締め直して飛び出そうとする。

「待て。私がやる」

ミランダがそれを手で制すると、目的なくフラフラと彷徨うジェディーへ魔力を集中させ、周囲に小さな氷のドームを形成し、その身体ごと毒ガスを完全に閉じ込めた。

「この氷の檻は簡単には壊せない。これでひとまずは被害を抑えられるはずだ」

自分たちを守る氷のドームを解除したミランダだったが、大技の氷魔法を連続で行使したため、その表情には僅かに疲労が滲んでいた。

「だけど、ここからどうするかが問題ですね」

少しほっとした様子のフェリスが問いかける。

「あいつが力尽きるのを待つっスカ……」

ロビンが痛む身体を抑えながら眉をひそめて続けた。

「あの様子、かなり危険な感じがするよ。早くどうにかしないとあの人自身も大変なことになりそう」

ルナがジェディーを案じる。

「あいつ、拘束しているドーム、解除したら、またあの毒ガス、撒き散らす。……そうなると、厄介」

「中に閉じ込めたなら、そのドームごと叩き潰せば終わりだろ」

各々が意見を出し合う中、緊迫した空気を気にも留めずリューネがあっけらかんに言い放つ。

だが、ミランダは冷淡に告げた。

「無駄だ。私の氷は鉄壁。内側からも、外側からの衝撃でも、決して壊せはしない」

しかし、銀髪の怪物はその警告を、ただの「挑戦状」として受け取った。

リューネはニィ、と口元を歪めると、ミランダの言葉を無視して即座に行動へ移る。

「おいっ!待て!無駄だと言ってるのがわからないのか」

「無理と言われれば言われるほど燃えるのがリューネちゃんよ!」

無理だと言われれば言われるほど、その瞳の奥の闘志が青白く燃え上がるリューネはそう言うと、

引き留める声を背中で聞き流し、全魔力を右腕に集約した。

その異常な魔力に、周囲の大気がパキパキと鳴動する。

「――ハァッ!」

リューネは地面を爆発的な魔力で蹴ると、その推進力を利用して自身の身体を独楽のように高速回転させた。

遠心力と爆発的な魔力を上乗せし、極限まで威力を高めた右拳が、ミランダの鉄壁の氷のドームへと叩き込まれる。

ズドォォォォォォンッ!!!

戦場に凄まじい衝撃音が轟いた。絶対に壊れないはずの氷のドームに、どでかい穴が開いた。

「なっ……!?」

驚愕の光景に目を見開くミランダ。

砕け散った無数の氷の破片は、その衝撃の勢いそのままにドームの内部へ向かい、閉じ込められていたジェディーへ容赦のない攻撃となって深刻なダメージを与えた。

「ガ、ハッ……!」

痛みと衝撃でジェディーの意識が僅かに浮上するが元に戻すには至らなかった。

本能で危険を察知したジェディーの身体は、ドームに開いた穴からガスに変質し再び逃げ出そうと霧状に姿を変えかけた。

「チッ!やり切れてない!逃がすか」

ミランダの百戦錬磨の直感がジェディーの行動を完全に読んでいた。ジェディーが気体になりかけるその刹那、ミランダの全魔力が解放され、溢れ出ようとしたガスごと、ジェディーの肉体を一瞬でガチガチに凍りつかせた。

氷の魔法により、強制的に実体化させられたジェディー。

「クーデリカ!」

そう叫んだミランダに呼応するかのように、クーデリカの磁力魔法が瞬時に展開されジェディーを逃がさないよう繋ぎ止める。

数多の修羅場を潜り抜けてきた二人の素早い連携が、逃亡という最悪の事態を完全に回避した。

磁力の拘束が効かなくなる、完全なガス化へ至るまでの、この一瞬のチャンス。

獲物を見定めた獣のような眼光で、リューネはその隙を見逃さなかった。

「これで、終わりだぁ!!」

無防備に凍りつき拘束されているジェディーの顔面へ、一切の容赦がない拳を叩き込んだ。

ガラスが割れるような派手な破砕音とともに、ジェディーの身体は今度こそ完全に沈黙し、地面へと倒れ込んだ。

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