第28話
先手を打ったのはジェディーだった。嘲笑を浮かべながら、濃度の高い灰色の煙を周囲に爆発的にばらまき、一瞬にしてその姿を煙の中へと紛れ込ませた。
視界を遮るだけでなく、音や匂いなどの五感を遮断するその煙は意思を持つ生き物のようにミランダを包み込んでいく。
一方のミランダは、視界を完全に奪われながらも、微塵も動じなかった。
「姑息な真似を」
冷淡につぶやき、静かに片足を地面へと踏み下ろした。
――カツン。
その小さな足音が響いた瞬間、彼女の足元を起点として、地を這うような猛烈な冷気が爆発的に走り抜け、周囲の地面は一瞬にして白銀の氷床へと変貌した。
「うわっ、寒っ!」
リューネが少し離れた場所で急激に下がった周囲の気温に腕を擦りながら叫ぶ。
クーデリカは、腕の中のガウをぎゅっと抱きしめながら、その圧倒的な魔力の激突をただ見つめていた。
(ミー……やっぱり、強い。ワタシ、本当に……この人に勝つつもりだった……?)
あまりの次元の違いに肌を刺す寒さとは別の寒気が背中を伝う。だが、そのミランダを相手にしても、ジェディーの煙は一歩も引いていなかった。
いたる所から氷を発生させることのできるフィールドを作り出したミランダは、自身の周りに氷の壁を生み出しジェディーの攻撃に備える。
物理的な氷の壁では防げない煙魔法の特性を活かし、ジェディーはミランダの全方位から音もなく襲いかかる。
氷の盾のわずかな隙間を狙い、より高濃度の煙が容赦なく彼女の身体を包み込もうとする。
「――そこか」
しかし、ミランダはその場から一歩も動かない。
彼女が魔力を解放すると、侵入しようとした煙の微粒子そのものが、ミランダの肌に触れるよりも早く、ガチガチに凍りついていった。
パキパキと音を立てて、空中にジェディーの形をした歪な氷像が浮かび上がる。
「あはは! さすがミランダ、えげつない魔法やわ!」
凍りついた氷像はただのデコイだった。直後、ミランダの死角である背後の煙が急速に膨れ上がり、実体化したジェディーが拳を振り下ろす。
ガキィィィィィィンッ!!!
ジェディーの攻撃を受け止めたのは、ミランダの背後に瞬時に展開された、鏡のように滑らかな大氷壁だった。
「ちっ、硬いなぁ!」
「その薄汚い煙ごと、永久に眠れ」
ミランダが振り返ると同時に、氷壁が爆発。無数の氷の散弾となってジェディーを至近距離から蜂の巣にする。
「グフッ……!」
さしものジェディーも防ぎきれず、鮮血を散らして後方へと吹き飛んだ。
「ボスが押し込んでるッス……! でも、ジェディーの魔力も底が見えないッス……」
ロビンが口元の血を拭いながら、痛む身体を起こして戦況を凝視する。
クーデリカは、倒れているロビンの肩をそっと支える。
ミランダが勝てば、レギオンの裏切り者である自分はどうなるのか。
ガウはどうなるのか。不安を胸にただ見守るしかなかった。
吹き飛ばされたジェディーは、地面に激突する寸前で再び煙へと姿を変え、不気味にゆらゆらと立ち上がった。
「あー痛い痛い。やっぱりミランダはんと真っ向勝負は割に合わんなぁ。……でもなぁ、うちらの目的は、もう半分達してるんやで?」
不敵に笑うジェディーの言葉に、ミランダの眉が不機嫌そうに跳ね上がった。
「……何の話だ」
「うちらの狙いはな、アーシェントレギオンの誇る最高戦力、ミランダはんとクーデリカちゃんをこの場所に釘付けにすることやった
ジェディーがニタァと嫌悪感をそそる笑みを深める。
「あんたがこの場所でうちらと遊んでる間、他のメンバーはどうなってると思う? うちらがあんなやつらと組んだ理由や。
多勢に無勢。今頃水のやつらが大勢であんたんところのメンバーをぼこってるところやろな」
「あとは、数の力であんたを倒せばそれで終いや。
クーデリカちゃんを揺さぶってあんたを誘い出せた時点で、作戦は大成功ってわけやなぁ!」
その言葉に、見守っていたフェリスとルナの顔が戦慄に染まる。クーデリカもまた、自分がガウを人質に取られて動揺したことが、結果的にレギオン全員を危険に晒す最大の隙を作ってしまったのだと理解し、息を呑んだ。
しかし、ミランダだけは、凍りつくような冷笑を浮かべたままであった。
「……なるほど、数の暴力で急襲か。小賢しい鼠が考えそうなことだ」
「だが……」
「アーシェントレギオンを舐めるな!!!」
「――っ!?」
突き刺さるような一喝。その瞳には、焦りなど微塵も存在していなかった。
「だが、そんな浅知恵で我がアーシェントレギオンが落ちるとでも思っているのか?お前のその減らず口、二度と開かないように凍らせてやろう」
「ハッ、言うてくれるなぁ! なら、あとどれだけウチが時間を稼げるか、試してみるか!」
真の目的が明かされ、戦場はさらにヒリつくような緊張感に包まれる。
ジェディーの煙が狂ったように膨れ上がり、ミランダの魔力と正面から激突した。




